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2016年9月10日 (土)

次の日曜11日の稽古はお休みです。また犬の死でおもうこと。


いろいろ調整したのですが、上手くいかず、

残念ながらつぎの日曜の稽古はお休みです。

さて、

小さな命が突然になくなった。

我が家で飼っていたトイプードルのこと。

去年の年末にラブがなくなり、

まさかそんなに早く逝くとは思ってもいなかった。

食欲がなくなり、
弱ったなと思い、
医者に連れて行って、
手術をすることになって、
数日でこうなってしまった。
あっという間だった。

生き物だからしようがない、
と考えることもできるし、

もう少し早く医者に連れて行っていたら、、
という後悔や、

医者の判断ミスがあったのでは、、
という疑いや、

感情でいうと、

当然、悲しみや、さみしさやがあるけど
相当いろいろ混ざっている感じ。

ちょっとした怒りみたいな、、
ものがある。

なぜだろう。

その怒りはいろいろな方向を向いている。

このことは、犬ごとではない。

身内に起これば、もっと感情の嵐がやってくる。

抑えきれない感情を、医者にぶち当てるかもしれないし、

ひどく自分を責めて、落ち込むかもしれない。

でも、それはよくよく突き詰めると、

自分の中の、いきさつや、状況や、気分や、

生まれ育った環境や、それらによる考え方、
そした思い込みなどで、えらく変わる。

理解が進むと感謝の気持ちすら出てくる。

つまりは、自分の問題だ、ということだ。

死をさらに他人事ではなく、

自分に置き換えてみると。


なおさら、自分の問題だとわかる。

死を目の前にした時、

他人を責めても仕方がない。

死という避けられないものを、

否が応でも受け入れなくてはならない。

そこで、どれだけ後悔や、怨念が残っても、

どうしようもない。

いっそ潔く諦めるほうが清々する。

ある意味、死に際で悟りをえるのだ。

その境地を生きているうちに会得したいと

みんな、宗教にはいったり、瞑想したりする。

つまり、悟りの本質は"諦め"なのだ。

そして、諦めるのは、今なのだ。


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