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2016年9月21日 (水)

稽古するしかない 木曜の稽古おしらせ。


まずは、稽古の考え方だ。
稽古の2時間、3時間だけが、その時間だと考えればそれだけだし、
日々の一挙手一投足に稽古のエッセンスを入れていけば起きている時間は、すべて稽古となる。

ある程度到達すれば、また次に遠くに見えてくる微かな光も見えてくる。

そこを目指して、またあーでもない、こーでもないと、試行錯誤を繰り返す。

人によって多少プロセスは違うが、だいだい
同じような段階を踏む。

しかしながら、
学習曲線は人によって違う。

一気にある段階に行くひともいれば、
最初停滞が長くても、あとでグッと伸びる人もいる。

昔、先生から、今やっている稽古の解釈が1度でも違うと時間が経つ程に目標との距離が
広くなる。。と言われた。

それが同じ稽古をしていてもだ。

ひとはそれぞれ、同じ時間、同じ場所、同じ物を見ていても、それぞれその人達の解釈で全く違うものになりうる。

つまり、その人達の体験、経験によって、
培った"思い込み"がそうさせる。

思い込みとは、心理学の言葉に変えれば、
"投影"のことだ。

投影は無意識に起こる。

だから、本人がズレていっていることが
わからない。

それをわかるために、稽古するのだ。

稽古のなかで、出来ない自分と向き合うのだ。

ズレた角度を修正する。

稽古で上手くいかず、悩む。

当たり前のことだ。

悩むことが大切なことなのだ。

1年も経てば、最初出来なかったことが、
出来る頻度が上がってくる。

でも、また、次の課題が浮き上がってくる。

また、それで悩む。

おそらくそれの連続だ。

成田先生ですら、未だにそうだとおっしゃていた。

そして、平井先生の言葉を書き留めた大量のメモを読み返してらっしゃるという。

それは、初心に戻るためなのだ。

ちなみに、ぼくは、いただいたその平井先生の書き留めた秘伝書に驚くほど共通する、クラニオバイオというセラピーのエッセンスを、重ねて自分なりにまとめたりしている。

わからなくなったり、悩んだりすると、
スーバーバイズしてもらったりもする。

そして、行き着くところ、

こころの問題、、ということになる。

どれだけ頭で理解しても、

相手との一瞬のやり取りのなかで、

辻褄を合わすようにいつもの癖に戻る。


それは、まさに、無意識も含めた

こころの問題、

つまり、やはり、

自分の問題なのだ。


おそらく、ここの合気道の本質は、

相手との相対的な関係性のなかで

現れる現象を、客観的にみて、表現することなのだ。

それを考えていくと、

禅などの境地や、悟りをどれだけ達しても、ダメだとうことがわかる。

なぜなら、肉体があるからだ。

つまり、精神を極めても、絶対化しても
絶対化できない肉体がある限り、
そこで制限される。

でも、肉体が無いと精神は成立しない。

そこにジレンマがあり、矛盾がある。

だから、そういう状態を理解しなければならない。

そこを理解して、忠実に一瞬一瞬起こる現実だけを見ていく。

その時に、武道的に有利に働く考え方と
体の動かし方を稽古のなかで体得していく。

普段、幻想の中で生活している行動を、現実に、呼び戻すのだ。

その時に、中心帰納とか、腰回しという方便を使う。

その方便自体も実は幻想だということも、
わかってくる。

その幻想が、最初に言った"思い込み"であり、"投影"なのだ。

はーっ、やっと一周した。


そしてそこで、

現代の格闘技、武道は、
共依存的な殴り合い、技の掛け合いを
しているということが見えてくるはずだ。


そこがわかって、こっち側の
稽古を続けるのだ。


さて、木曜の稽古は、

まだ、時間と場所が未定です。

昼に開催する可能性もあります。

決まり次第このブログでお連絡いたします。

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