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2016年8月10日 (水)

鏡 そして明日の稽古はお休みです。


人間は鏡に写ったべつの自分を自分であると認識できる能力をもつ。

動物はそういう認識ができないそうだ。

何かの本にそう書いてあった。

そして、鏡は、自分を客観的にみるツールに使う。

きっと、そういう能力の延長線というか、逆に根幹に、自分の中に、たくさんの自分の複合体としての自分が出来上がるのではないか。

それはおそらく、生まれ育った環境、、親、兄弟、その他影響を受けた人、考え方、など、たくさんの情報の複合体。

合気道は、基本相手と技を掛け合いながら、自分をみつめていく、こちらの掛けた技の質に反応して、相手は技をかけてくる。

例えば、こちらが技を厳しく掛ければ、相手は仕返しかのように力を入れてかけ返してくる。それが嫌だと、技を緩くかけはじめる。

感情的に掛けると相手も感情的になる。

つまり、相手は鏡と一緒だということだ。

実際の鏡でないものに反映するなにかを、自分のものだと感じる。

相手の中に、写っている自分を見出すことや、自分の中に相手と同じ質を持っている自分も感じる。

たとえば、

相手の身になって感じることが優しさであり、相手の質を自分に取り入れることを学習なのだ。

ひょっとすると、こういうことが言えるのではないか。

他人とのコミュニケーションの良し悪しは、

それに対応する自分の中の、いままで集積してきた自分という認識とのコミュニケーションの良し悪し、折り合いに左右されるのではないか。


本能的に自力で生きる能力が少なくして生まれてくる人間は、鏡に写る自分じゃない自分を自分だと認識する能力をベースに生きるすべを獲得していくということだ。

すべてが自分の意図するものばかりが集積されるわけではないのだろう。無意識的に自分の中に取り入れられるものもきっとたくさんある。

だから、自分をコントロールすることは簡単ではない。
思わぬ自分を発見して驚くことも多々ある。

合気道はそういう自分を発見するプロセスを提供する。


連絡おそくなりましたが、
明日の稽古はお休みです。

ご了承お願いいたします。

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