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2016年6月 6日 (月)

OSHOが合氣道を語っていたなんて


Facebookのシェアの中で、
OSHOが合氣道を語っていた文章を
見出した。

そして、転用のお許しをいただいた。

僕は、クラニオバイオを教えてもらった先生が
OSHOに帰依した人だったので、
とても、親密を覚える。

残されている文章は
どれも真理をついた、まさに覚者の言葉として
心にささる。

おそらくOSHOは合気道は習っていない。

でもその深い意味は理解していた。

覚者だから当然か。

お読みください。

↓↓↓


「合気道 Aikido」

 合気道では、誰かが攻撃してきたとき、
相手と闘わないようにと教える――
たとえ誰かが攻撃を仕掛けてきても、
相手と協調しなさい、と。

 これは不可能なことに思えるが、
その技は習うことができる。
この技を習ったら、あなたは
大いに驚くだろう――
誰とでも協調することが
できるようになるからだ。
誰かが攻撃してきたとき、
合気道は、
相手と調和せよ、と教える。

 普通なら、誰かが攻撃してきたとき、
あなたはこわばり、固くなってしまう。
あなたは闘っている。
合気道は攻撃ですら、
深い愛情と共に受け止めるべきだと言う。
受け容れなさい。
それは敵からの贈り物だ。
彼はあなたに大きなエネルギーを
もたらしてくれている。
それを受け入れ、吸収し、
闘ってはいけない。

 最初のうちは、
これは不可能に見える。
どのようにやったらいいのか?
なぜなら、私たちは何世紀にもわたって
ある力の概念、すなわち闘争、摩擦の
概念を教え込まれてきたからだ。
私たちが知るただひとつの力、
それは闘いの力だ。
私たちが知るただひとつの力、
それは拒絶の力、
「ノー」と言うことの力だ。

 合気道は「イエス」と言えと言う。
敵が攻撃してきたら、
それを贈り物として
受け容れなさい。
それを受け止め、
取り入れなさい。
固くなってはいけない。
できるだけ流動的になりなさい。
その贈り物を受け止め、
吸収すれば、
敵からのエネルギーは失われて、
あなたがその所有者になる。
敵からあなたへの
エネルギーの跳躍が起こる。

 合気道の師は
闘わずして、勝利を得る。
彼は闘わないことによって、
勝利を収める。
合気道の師はとてつもなく
穏和であり、かつ謙虚だ。
敵は自らの姿勢によって敗北する。
彼は自分で多くの毒を
作り出しているから、
わざわざあなたが手を貸すまでもない。
彼と闘う必要はない。

 ときにその流儀でやってみるといい。
あなたも観察したことがあるはずだ――
同じ現象が多くの形で起こっている。
道を歩いていた酔っ払いがドブに落ちる。
だが、彼はけがをしない。
朝になれば、また彼は会社へ出かけていくが、
全く健康で申し分ない。
彼は一晩中ドブの中にいた。
彼は転倒したが、手足や骨を
傷つけることはなかったし、
骨折することもなかった。
あなたが転倒したら、
たちまち骨を折ってしまうだろう。
酔っ払いが転ぶとき、
何が起こっているのだろう?
彼は一気に転び、それと一体となる。
酔っ払っているから、
抵抗することができない・・・。

 それはしばしば観察されることだ。
ちょうど今、雨が降っている。
あなたは家に帰らなければならない。
それは合気道流に受け止めることもできれば、
普通のやり方で受け止めることもできる。
普通のやり方だと、
あなたは自分の衣服が濡れるのを目にするし、
風邪をひくかもしれないし、
他のありとあらゆることが
起こるかもしれない。
あなたは雨に敵対するようになる。
不機嫌になり、
雨を敵にまわすかのように、
家に向かって駆けていく。

 それが何度も起こってきた。
合気道を試してみなさい。
肩の力を抜いて、
顔に落ちかかる雨のしずくを
楽しんでみなさい。
それはこの上もなく素晴らしいものだ。
さわやかで、洗われるようで、新鮮だ。
着ている服が濡れてもいいではないか。
なぜそのことばかり気にするのか?
それはあとでまた乾かせばいい。
天と地が出会っている。
この機会を見逃す手はあるだろうか?
雨と共に踊ったらいい。

 急ぐべきではないし、
走ってはいけない。
スピードを落とし、楽しみなさい。
眼を閉じて、まぶたに落ちかかる、
顔を伝ってゆく雨粒を感じなさい。
その感触を味わいなさい。
それを受け容れなさい――
天からの贈り物だ。するとあなたは
突然、知るだろう――
雨は素晴らしいものだ。
そんなふうに見たことは
これまで一度もなかったけれど。

 それをありふれた生活体験の中で
試してみるがいい。
いままであなたはずっと闘ってきた。
今度は調和を試してみるがいい。

 すると突然、あなたは気づくだろう――
すべての意味が変化していることに。
あなたはもはや自然と対立してはいない。

 突如として、
太陽が昇り、
雲が晴れ、
日の光がさんさんと
あなたに降り注ぐ。
それを気楽に、
太陽からの
愛の贈り物として、
受け止めなさい。
眼を閉じて、
それを吸収しなさい。
その光を飲むがいい。
幸せを
祝福を感じなさい。
すると、あなたは知る――
それは全く異なる
エネルギーだ。

OSHO「英知の辞典」より


ぼくは、OSHOに帰依はしていない、
世間で合氣道の創始者と言われている植芝盛平翁にも同様だ。
今の流派の創始者である平井先生にも、恩師の成田先生にも、帰依はしていない。
手取足取り教えてもらった遠藤先生に至っては、流れの中でで裏切ってしまった。

今ある自分の存在はそういう選択の結果だ。

ただ、僕は合気道に帰依している。
だから尚更、このOSHOの文章は心に激しく刺さる。

この文章は、まさに「無対立」のことを言っている。

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