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2016年6月

2016年6月28日 (火)

証、そして今週の稽古のお知らせ


あっという間に一年半が過ぎた。
最初から習っているひとは、
かなり、ここの教えを理解してきている。

それは、頭だけでという意味ではなく、身体としても、ということだ。

ある感覚のことをいろんな角度で確認する。

ボディーワークのようなものもあれば、技の型のようなものもあれば、乱取りのようなものもある。

最初、とにかく理解してもらおうと、かなり丁寧に説明をした。
あまたあるのセラピーの講習会のように。

みんなに浸透してきた分、これから口で説明する事を少なくてしていこうと思う。

その方がいい場合もある。

自分に関して言えば、
もし、大手合気道組織、合気会の稽古を続けていれば、年数的には、4段か5段くらいにになるのだろう。
それを3段のときから、全く質の違う稽古をする事をになる。つまり、平井伝合気道のことだ。何度もお伝えしているが、成田先生の動画がきっかけだ。
結果的にのめり込んでしまった。

いま、継続的に稽古に来られている皆さんに
、自分の位置付けとして、何かの証を出したいと思うようになりました。

そのために、成田先生にそのための許可をもらいたいと思います。

明日連絡しよっと。

自画自賛だけど、いまやっている稽古は相当ハイレベルだと思う。

さて、

今週の稽古は、いつも通り、

木曜 30日 新宿スポーツセンター 3Fです。時間は19時半~22時まで。

日曜はまたしても都合がつかずお休みです。

ご了承お願いいたします。

2016年6月25日 (土)

ボディーワーク合気道 そして日曜の稽古


合気道のボディーワーク化という言葉は、
誤解を生むかもしれないので、半分慎もうという気持ちと、それでも内部感覚を養うには
とても良いので、最終的には武道であるということを頭に置いておけばヨシとしておこうなどと、勝手に考えている。

ただ、間違っても、
どこかのセミナーみたいな、1日で極意をマスターできるというような切り口ではやらない。

本来であれば、それなりのプロセスが絡むものなので、もしそれが本当に1日で修得できるのなら、極めて表面的なことを伝えようとしているのだと言える。


大切なのはプロセスなのだ。
それを修得するまでに、
二重化された、どんな自分が出てくるのか、
そこを観ることで、はじめて自分の状況や位置がわかる。

手に地図をもって
自分の位置がわからなくて、どうやって目標を定めることができるのか。
ましてや、目標さえも漠然としている。

そりゃー、それなりに時間はかかる。

でも、10年も20年もかかったら、しんどい。

だから、どこかで落としどころを見つけたい。

多少個人差はあるだろう。

でも、そこは気にしなくて良い。

方向さえ間違わなければたどり着くから。

悲しいことがあるとすれば、
ちゃんとした目標が伝わってない場合だ。

習っているひとは、情報に翻弄される。

武道の修得は型の組合せの積み重ねだけでは不十分なのだ。

その奥に組み込まれている正しい情報をちゃんと理解して、見据えた上で丁寧に繰り返す。

そうでなければ100万年かけても、そこにはたどり着かない。


ぼくは、そう教わった。


さて、

状況がかわって、26日(日)は稽古をやれることになりました。

場所はいつもの新宿スポーツセンター3F
第一武道場にて、13時~16時まで。

では、
お会いできること、楽しみにしております。

2016年6月23日 (木)

ボディーワーク化合気道 そして今週の稽古

連絡遅くなりましたか、明日23日19時半〜
新宿スポーツセンターで、いつもの稽古いたします。

ちなみに、26日は、稽古は休みになるので、ご了承お願いいたします。

ここの合気道は、だんだんわかってくると、
100回に1回、50回に1回と出来る頻度が上がってくる。

ただ、通常の型稽古の様に目に見えて出来るというような、習得はなかなか難しい。

でも、確実にその頻度が上がってくる。
それを気長に続けていく。

決して、諦めない。
出来ない現実を受け入れる。
出来ないことをあたかも分かったかのように
思わない。
誤魔化さない。

でも、卑屈にならない。
根拠の無い自信を持つ。
出来た時の感覚をシェアする。
背景にある感情なんかもジックリ観る。

この文章を読んでどう思うだろうか。

合気道の稽古というより、
なにかのボディーワークをやっている時に
聞くようなフレーズだ。

でも、どのワークより出来不出来がハッキリわかる。

なぜなら、相手との対立構造のなかでやるから、、

相手という鏡によってフィードバックされるから、自分の状況がよくわかる。

どういう精神的作業が、
相手の行動に現れるのか、そしてまた自分に反射として現れるのか、

それがよくわかる。

強いとか、弱いの規範の中では、
やっていない。

そもそも、強いとか弱いとかは、
ジャンケンみたいなものだ。

そこに力点を置くと、本来人生の中でやるべき探求から大きくズレてしまう。

もはや、ここの合気道は武道というより、
洗練されたボディーワークと言っても過言ではないと思う。

この前の稽古も、身体の繊細な動きとしての開きと閉じるを感じることで、相手にどういう影響を与えるか、ということをした。

こういうことが分かり始めるとだんだん楽しくなっていく。

おそらく26日は、僕が行かなくても自主的に稽古に出る人もいるかもしれない。


2016年6月21日 (火)

人生を幸せにするものはなにか、、


TEDの中でこのことに関する動画を見つけた。

https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness?language=jahttps://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness?language=ja

75年もの長期に、724名もの対象者を追跡した研究所の結論は、質のいい人間関係だという。

そして、逆に孤独がその人を不幸にするといっている。

質のいい人間関係とは、つまりは量ではないということもいっている。

千や万のFacebookの関係性ではなく、たった1人でも生涯を通じての間柄で、仮に1年に数回しか会う機会がない場合でも、深く、思いやりのある質のいい関係性のことだともいっている。

逆に家族や、ある組織の中にいても孤独感を感じている場合もあるという。

質のいい関係性をもっていて、幸福感を感じてると、歳をとっても健康で、長生きで、ボケにくいということだそうだ。

このことは、実はものすごいことを言っている。

つまり、人間関係とは、極めて主観的なものだということを。

そして、主観的な見方とは、いわゆる考え方のことでしょ。

ということは、、考え方が柔軟な人が人間関係を良好に保つことができる、、といっているのだ。

もっというと、人生の幸福は考え方で決まるということなのだ。

これは別に、改めて言われなくても、よく昔から耳にする話のような気がする。

それを、研究の成果として、証明したことが
すごい。

おおかた、こういうことだ。

人はどんな劣悪な環境にいても、1人の理解者がいればその人は幸せに生きていける。

かたや、最上級の恵まれた環境でも、否定的な考え方であれば不幸ということなる。

富や名声は環境に属するものだから、それが絶対条件ではないということ。

こういう考え方を合気道と照らし合わせることで共通点を考えていく。

そういうことも合気道の上達の足しになる。

よくよく考えると、合気道をやれるということはとても贅沢なことだ。

IT業界のサラリーマンを辞めて、様々な業界で働いたが思いのまま稽古が出来る仕事は
そうそうないことがわかった。

ぼくは相当恵まれた環境の中にいたのだ。

そして合気道中心で生活してる今。


この状況で、幸せじゃないなんて言えない。

2016年6月19日 (日)

ボディーリズム呼吸法のワークに参加しました。


ボディーリズムなる呼吸法のワークの体験会に参加してきました。

↓↓↓

http://www.mina-care-workshop.com/


このワークを開発した宮浦さんもいらっしゃってました。

いろいろ、おうかがいすることもできて、とても有意義でした。

良いも悪いも、

どのワークショップにしても、常にここの合氣道にどう有効に働くか、

という観点でみてしまいます。

そして、ここの合氣道では、呼吸に関しては教えは多くは無いので、

いろいろ模索したいと考えてました。

少なくとも、僕がこの合氣道の概念の中で、力点を置いている”中心帰納”の

本質は ”意識”に関わることですので、

間違いなく、心理学や、脳の機能のことや、それに関連する様々な考え方、、を

性格上、勉強したくなってしまいます。


そうすると、どうしても行き着くところは、瞑想や呼吸法なのですが、

結構、様々種類があって、二の足を踏んでしまうのです。


やってみて、

音楽(リズム)に合わせてやる呼吸法がこんなに呼吸に没頭できるとは思いませんでした。


開発者の宮浦さんは音楽家だということがうなずける。

そしてご自身の体を治すために試行錯誤された結果生まれたということも説得力がある。

ふと見た、いただいていた名刺の裏に書かれ文章がとてもわかりやすいので、

下記転記します。

-----------------------

息は「自(みずから)」の「心(こころ)」
「息」をコントロール=自分の心と身体をコントロール
ボディーリズム呼吸法は、音楽やリズムの力を応用して鍛えるエクササイズです。
呼吸力の向上はストレス解消や疲労の蓄積を防ぐ効果とともに、自分自身の心と体のバランス
の調整、他者とのコミュニケーション力のアップ、フィジカルの向上にも効果もあります。
心と体、自分と他者との間にハーモニーを感じられた時、そこには新しいエネルギーが生まれます。
ボディーリズム呼吸法エクササイズを通じて、新しい生活習慣のある人生を始めませんか?

------------------―――――

自他と他者との間に、、、、の下りに関しては、合気道の教えそのものだ。

ワークが終わった1時間くらいして、

やる前にあった体の違和感がなくなっていることに気が付いた。


何とかしてここの合氣道の稽古に組み入れたい、、と思いました。


2016年6月18日 (土)

精神の病と合気道


多かれ少なかれ、
みんな少しづつ精神を病んでいる。

なぜなら、社会も少し病んでいる分、家庭が少し機能不全な分、会社がどこか理不尽な分、

個人差はあれ、病まないわけがない。

時代によっては、そのある範囲を

個性とも表現する。

そして、その時の環境や人間関係によっては、普通に見える人が、ある日突然、急激におかしくなる。

結構みんなギリギリのところで保っているので、ポイントさえわかれば、いとも簡単に崩壊させることができる。

では、どうすれは予防でき、バランスを崩したあと、戻すことができるのか。

みんな気づいていない自分の病の状況を正確に知ることだ。

何かする必要はない。

知って、わかればいい。

そして、受け入れればいい。


よくよく考えれば、合気道の稽古とおなじではないか。


なにか鍛えて、硬く強くなる必要はない。

必要なのは、己を知って、

柔軟に変化できるように、

柔らかくしておくことが重要なのだ。

2016年6月14日 (火)

節目 そして今週の稽古のお知らせ。

昨日6月13日、僕にとって1つの時代が終わった。

詳しくは言わない。

とにかく、節目となった。

それは、感情で表せば、

懐かしく、悲しく、切ない、そして

不安で、もどかしく、時には希望に満ち、

でも、基本は暗雲たる、絶望的なそんな

日々の10年間だった。

そんな日々があったから、今がある。

逆に言うと、そこがなかったら今はない。

今を受け入れるために

過去の全てに感謝しようと思う。

過去の積み重ねを是とすることで、

今死ぬことが活きるのであれば

その選択も悪くはない。


1年の過ぎる間隔が、早くなった。

このままだと、あっという間に

年老いてしまう。

少なくとも半年単位で、

何らかの成果を残していきたい。

そうでないと、生きる屍になってしまう。


さて、

次回、次次回の稽古は、

場所はいつも通り、

新宿スポーツセンター 3F 第一武道場 にて、

日時は

16日(木)、19時30~22時

19日(日)、13時~16時

となります。


では、お会い出来ること楽しみにしております。

2016年6月11日 (土)

成長する仕組み

そうでなければならない、、という
人の行動を縛る考え方を払拭するために、

仕組みなどを作っていると、今度はその
仕組みに縛られ始める。

自由が自由を規範する。

球体のイメージは、
イメージした段階で、
球体に連動した動きはやりづらくなる。

だから、
中心帰納や、腰回し、という概念は、
そういう固定化した考え方ではなく、
流動的な、その時その時の状況に応じた
様々な兼ね合いを備えたものであって、
一言で説明することは出来ない。

そういう生き物のようなもの、つまり、
その都度その状態が違うものなのだ。

そういうことが、
無元塾のメンバーはわかってきた。

周りでは、打撃や寝技など、派手な格闘技が行われている中、穏やかな雰囲気で、内部感覚を研ぎ澄ます稽古をしているが、どこよりも高度で、センシティブな内容の稽古だと自負しています。

こういう稽古の質は、この中にいることで
相互に浸透していく。

その中で、敢えてやろうとする意図がでる技の練習をすることで起こる矛盾と葛藤する。

その矛盾が、刺激になり、時には自信すら失うキッカケとなり、場合によっては、ここの教えを疑う原因ともなる。

それでいいのだ。

それがステージを上げるプロセスなのだから。

そのモチベーションの下がるその長い期間は
必ず訪れる。

それは普遍的なことなのだ。

そして、或る日突然、質がかわる。

いままでの長い苦しみが嘘のように、、


でもまた、違う矛盾を感じ始め葛藤が始まる。

でも、まえの葛藤の質とは違う。。


そういうことを、冷静に観ていく、

それを通して、オープンにして、

全体と個が同時に相互に影響しあって

成長をしていく。

それが、ここ無元塾の稽古の本質なのだ。


決して極意を隠して、クローズしたスタンスはとらない。

その行為は、おそらく成長をとめる。

最初の話にもどって、

そうでなければいけない、、という

通り一辺倒の稽古も、

思考の澱(おり)が溜まって、

行き詰まる。

ある種腰回しを悟られた荒巻さんは、

今後は、不定期だが積極的に来られる

ということだ。

こういう方の存在は、

ここの稽古のやり方、考え方の正しさの証明なるし、

みんなの刺激になる。

当然、僕よりも先進的な技や、考えや、

境地に達した方がいれば、その人から学ぶ。

それでいいのだ。

つまり、

そうでないと、

成長はありえない。

逆に、上手くいくと加速する。

2016年6月 7日 (火)

静中心法 の稽古のと効用、今週の稽古のお知らせ。


静中心法の稽古をした後、

木々の緑はとても目に映えて、

樹木を立禅のような姿勢でさわると、

とても気持ちが良い。

考え方には、必ず感情が引っ付いている。

感情には必ず感覚が引っ付いている。

そして、その考え方もとで、

意識の質をかえると、

必ずその状態になる。

気持ちいいという存在の状態になれるのだ。


それを経験した方が、

中心帰納は獲得し易いかもしれない。


さて、

今週の稽古は、都合で、

9日木曜の稽古だけです。

12日日曜の稽古はお休みになります。

場所はいつもの通り、

新宿駅スポーツセンター、

19時30分から10時まで。

少し遅れても必ず行きますので、

遅れてもお許しください。

場所の詳細は、

"無元塾 " "場所" でググッていただくと出てきます。


では、よろしくお願いいたします。

2016年6月 6日 (月)

OSHOが合氣道を語っていたなんて


Facebookのシェアの中で、
OSHOが合氣道を語っていた文章を
見出した。

そして、転用のお許しをいただいた。

僕は、クラニオバイオを教えてもらった先生が
OSHOに帰依した人だったので、
とても、親密を覚える。

残されている文章は
どれも真理をついた、まさに覚者の言葉として
心にささる。

おそらくOSHOは合気道は習っていない。

でもその深い意味は理解していた。

覚者だから当然か。

お読みください。

↓↓↓


「合気道 Aikido」

 合気道では、誰かが攻撃してきたとき、
相手と闘わないようにと教える――
たとえ誰かが攻撃を仕掛けてきても、
相手と協調しなさい、と。

 これは不可能なことに思えるが、
その技は習うことができる。
この技を習ったら、あなたは
大いに驚くだろう――
誰とでも協調することが
できるようになるからだ。
誰かが攻撃してきたとき、
合気道は、
相手と調和せよ、と教える。

 普通なら、誰かが攻撃してきたとき、
あなたはこわばり、固くなってしまう。
あなたは闘っている。
合気道は攻撃ですら、
深い愛情と共に受け止めるべきだと言う。
受け容れなさい。
それは敵からの贈り物だ。
彼はあなたに大きなエネルギーを
もたらしてくれている。
それを受け入れ、吸収し、
闘ってはいけない。

 最初のうちは、
これは不可能に見える。
どのようにやったらいいのか?
なぜなら、私たちは何世紀にもわたって
ある力の概念、すなわち闘争、摩擦の
概念を教え込まれてきたからだ。
私たちが知るただひとつの力、
それは闘いの力だ。
私たちが知るただひとつの力、
それは拒絶の力、
「ノー」と言うことの力だ。

 合気道は「イエス」と言えと言う。
敵が攻撃してきたら、
それを贈り物として
受け容れなさい。
それを受け止め、
取り入れなさい。
固くなってはいけない。
できるだけ流動的になりなさい。
その贈り物を受け止め、
吸収すれば、
敵からのエネルギーは失われて、
あなたがその所有者になる。
敵からあなたへの
エネルギーの跳躍が起こる。

 合気道の師は
闘わずして、勝利を得る。
彼は闘わないことによって、
勝利を収める。
合気道の師はとてつもなく
穏和であり、かつ謙虚だ。
敵は自らの姿勢によって敗北する。
彼は自分で多くの毒を
作り出しているから、
わざわざあなたが手を貸すまでもない。
彼と闘う必要はない。

 ときにその流儀でやってみるといい。
あなたも観察したことがあるはずだ――
同じ現象が多くの形で起こっている。
道を歩いていた酔っ払いがドブに落ちる。
だが、彼はけがをしない。
朝になれば、また彼は会社へ出かけていくが、
全く健康で申し分ない。
彼は一晩中ドブの中にいた。
彼は転倒したが、手足や骨を
傷つけることはなかったし、
骨折することもなかった。
あなたが転倒したら、
たちまち骨を折ってしまうだろう。
酔っ払いが転ぶとき、
何が起こっているのだろう?
彼は一気に転び、それと一体となる。
酔っ払っているから、
抵抗することができない・・・。

 それはしばしば観察されることだ。
ちょうど今、雨が降っている。
あなたは家に帰らなければならない。
それは合気道流に受け止めることもできれば、
普通のやり方で受け止めることもできる。
普通のやり方だと、
あなたは自分の衣服が濡れるのを目にするし、
風邪をひくかもしれないし、
他のありとあらゆることが
起こるかもしれない。
あなたは雨に敵対するようになる。
不機嫌になり、
雨を敵にまわすかのように、
家に向かって駆けていく。

 それが何度も起こってきた。
合気道を試してみなさい。
肩の力を抜いて、
顔に落ちかかる雨のしずくを
楽しんでみなさい。
それはこの上もなく素晴らしいものだ。
さわやかで、洗われるようで、新鮮だ。
着ている服が濡れてもいいではないか。
なぜそのことばかり気にするのか?
それはあとでまた乾かせばいい。
天と地が出会っている。
この機会を見逃す手はあるだろうか?
雨と共に踊ったらいい。

 急ぐべきではないし、
走ってはいけない。
スピードを落とし、楽しみなさい。
眼を閉じて、まぶたに落ちかかる、
顔を伝ってゆく雨粒を感じなさい。
その感触を味わいなさい。
それを受け容れなさい――
天からの贈り物だ。するとあなたは
突然、知るだろう――
雨は素晴らしいものだ。
そんなふうに見たことは
これまで一度もなかったけれど。

 それをありふれた生活体験の中で
試してみるがいい。
いままであなたはずっと闘ってきた。
今度は調和を試してみるがいい。

 すると突然、あなたは気づくだろう――
すべての意味が変化していることに。
あなたはもはや自然と対立してはいない。

 突如として、
太陽が昇り、
雲が晴れ、
日の光がさんさんと
あなたに降り注ぐ。
それを気楽に、
太陽からの
愛の贈り物として、
受け止めなさい。
眼を閉じて、
それを吸収しなさい。
その光を飲むがいい。
幸せを
祝福を感じなさい。
すると、あなたは知る――
それは全く異なる
エネルギーだ。

OSHO「英知の辞典」より


ぼくは、OSHOに帰依はしていない、
世間で合氣道の創始者と言われている植芝盛平翁にも同様だ。
今の流派の創始者である平井先生にも、恩師の成田先生にも、帰依はしていない。
手取足取り教えてもらった遠藤先生に至っては、流れの中でで裏切ってしまった。

今ある自分の存在はそういう選択の結果だ。

ただ、僕は合気道に帰依している。
だから尚更、このOSHOの文章は心に激しく刺さる。

この文章は、まさに「無対立」のことを言っている。

2016年6月 3日 (金)

次回5日(日)の稽古のお知らせ。→静中心法、再開。

さて、

今回の稽古の内容は、

合氣道そのものの稽古ではなく、

以前 押切さん、荒巻さんと3人でやっていた

ここの合氣道に役立つ、療術の勉強会を開催します。

その名は、

”静中心法”というものです。

3人でそう名付けました。

僕自身が中心帰納という感覚を身につけるために、

起こったこと、プロセスなことを、

まとめたものです。


この静中心法の特徴は、

世の施術をしている方々に普遍的に役立つ内容であり、

ここの合氣道の中心帰納の感覚を得るための感覚を得るための稽古にもなり、

かつ、

学びながら、自分自身も癒せるところがとても良いところです。

つまり、一つ粒で3度おいしいということになります。


今回は、急な展開で、これを行うことになりましたので、

普段、無元塾の稽古の参加されている方は、

参加されたことのある方は、更に減額いたしますので、

メールでご連絡ください。


開催場所と時間は下記の通りです。


↓↓↓

日時:6月5日(日)13::00~15:00


場所:大江戸線 光が丘駅 直結 光が丘区民センター 5F和室にて、


参加費用:3000円

スペースの関係で6名定員で受付終了となります。

申し訳ございません。

主催:クラニオアイキ 白石太志@無元塾

準備が必要ですので、事前に参加の連絡いただければと思います。

連絡先↦aikishira☆gmail.com (☆を@に変更してメールしてください。)


今後とも、よろしくお願いいたします。


2016年6月 2日 (木)

セラピストのほうが向いているのかもしれない。


前回、急に、中心帰納が出来るようなった
Aさんの書いた文章を紹介します。

こういう考え方だけで、出来るようになるものか?、、

できるんです。

自分の中で、矛盾のない、一貫性のある考え方が構築できれば、出来るんです。

ほとんどの人は、突き詰めて考えていない。

突き詰めて考えるとは、

思考で頭の中を、ざわつかせていることではない。

とことん自分に向き合うということだ。

さすが、中心帰納のできる人の文章は、

表現が一味違う。


読んでみてください。


ひょっとしたら、

中心帰納を会得するのには、

武道家よりセラピストのほうがいいのかもしれない。


↓↓↓

----------------------------------------------------
白石さんが無元塾を立ち上げる前からご縁があり、「中心帰納」を知りました。「中心帰納」は在り方に関する無形の思想です。と同時に、命を落とすかもしれないギリギリの勝負における動き方の実学でもあります。

しばらくの間、稽古に出ていませんでしたが、私なりに白石さんとの稽古で学んだ「中心帰納」を追究する作業は続けていました。今回、白石さんに手を合わせて欲しいとお願いしたのは、成田新十郎先生の新刊「円の合氣 習得のキーワード」を読み、中心帰納と腰回しの手応えを得たからでした。

腰あたりにある立体球がシモクの構えの両足に乗っていて、自分の立体球が相手の立体球と調和(円和)するように、360°自在に変化する。このようなイメージで動けば、中心帰納と腰回しはできるはず。ところが…、それがいつまで経ってもできない。

今回、本を読み、一つ気付いたことがありました。それは、イメージした立体球を意図的に回そうとして、自ら立体球の自由な動きを制限していたことです。

そこで、いろいろと試したのが、調和(円和、円転無窮、腰回し)が勝手に起こるような中心帰納の状態を作ることでした。中心帰納は在り方に関する無形の思想でありますが、同時に具体的な体の動きとしても現れます。

まず基本に戻り、何となくしていた「合氣正眼」の構えを、腰回しを意識して、構えのプロセスを十分に味わうようにしました。腰回しの刻一刻の変化に同調して、全身のあらゆる部分が刻一刻と円転して調和(バランス)が保たれるよう心掛けます。バランスは「保つ」のではなく、精巧に「保たれる」ように意識するのがポイントです。

別な言い方をすると、バランスを保とうと「する」のではなく、自然とバランスが保たれるような心の状態に「なる」ということです。心の状態の反映として、具体的な体の細部の動きに、円転が自然と出現するように「なる」こと。これがまさに中心帰納の本質です。

このような気付きを得て、白石さん連絡をして、手を合わせていただきました。そして、白石さんの崩れ方から判断して、今までできなかった腰回しが、ある程度できるようになっていました。白石さんを意図的に崩したのではなく、中心帰納して、自由な腰回しが生じ、白石さんが勝手に崩れる。

先週の稽古会でも、腰回しが少しはできるようになっていることが確認できました。しかし、まだまだ立体球の自由な円転を自分で制限している感じがあります。また、腰回りが指先の円転の動きとして表現されていません。稽古に出て、また新たな課題に気付くことができました。

ここまで読んでくださった皆さまの中には「けっきょく中心帰納とか腰回しって何?」と思われる方もたくさんいらっしゃるかと思います。その手掛かりを知るには、一度手を合わせていただく以外ありません。機会がありましたら、白石さんの無元塾合氣道稽古会でお会いしましょう!

2016年6月 1日 (水)

明日6月2日の稽古


お知らせ遅れました。
あしたも、やります。

新宿スポーツセンター 3F 第1武道場で、

19時30分~22時まで。

木曜は皆さん忙しいので、参加者は少ないですが、

逆に、

少数精鋭で、
じっくり丁寧に、
稽古をしていきます。

ぼくも毎回試行錯誤を繰り返し、
毎回、新たな気づき、
があります。

ある人が、
現代は情報過多だから本当の良さが
なかなか伝わらない。
ましてや、東京では尚更だと、
ということをおっしゃいました。


本当に宝の山なのに、、


なせか?

単純な話。

それは、他では伝わっていないからです。

それを、理で教えているところが、ないからです。

どうすれば、もっと、そのことが浸透するのだろうか、、、

悩ましいです。

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