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2016年4月20日 (水)

次回24日(日)の稽古案内、そしてそろそろクラニオバイオも守破離の時期に来ている。

次回の稽古会は新宿スポーツセンターです。

時間は13:00~16:00になります。

詳しくは、↓↓↓

無元塾ホームページ


さて、

ここの稽古は型稽古だけではない。

感性の稽古だけでもない。

観念の稽古も行う。

観念とは人それぞれ個性があるので、

他人と共通することもあれば、一致しないこともある。

相手と一致すれば、共感が生まれとても楽しいし、

技もかかりやすくなるというものなのだ。

ぼくは観念論者ではない。

かといって、ガチガチの唯物論者でもない。


そもそも人間は観念の中で活きている。

人間の脳は周りのものを認識するのに、直接触れて認識するのではない、

必ず神経で、筋肉を動かし、具体的に触れるのは皮膚だ。

つまり、皮膚、筋肉などを経由して間接的に脳に伝わる。

目で見たその物体は、目という器官を通じて、脳が映像として認識するのだが、

それぞれの人が過去に獲得した感性や思考という思い込みのフィルターを通して

着色して認識する。

だから目の前にある物体でも見えていないことすらある。

そういうことなのだ。

とはいえ、実際的には物理的な肉体をもつ。

観念的には可能でも、リアルな肉体が邪魔をする。肉体だけでなく、思い込みという別の観念も邪魔をする。

つまり、矛盾がでてくる。

矛盾の受け取りかたは人それぞれちがうが、

それがあるから皆悩む。

ここの観念的な稽古とは、その矛盾を解消させる稽古となる。


現れる現象には必ず理がある。

その理をトコトン突き詰めることなく、

ただ、量をこなすだけで、偶発的に到達するのは、相当なエネルギーがいる。

人によってはその人の感性で到達してします人もいるかもしれない。

でも、そういう人はプロセスを説明出来ない。つまり人につたえられないのだ。

いま書いていることは、重心の移動や、軸や、梃子などの物理的な話をしているわけではない。

観念のはなしをしているのだ。

つまり、考え方のはなしをしているのです。

ぼくが並行でやっている

伝統的なクラニオセイクラル・バイオダイ

ナミクスもいくつも矛盾を内包する。

勇気を出して、矛盾を解消する作業を進めていきたいとおもいます。

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