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2015年12月

2015年12月28日 (月)

稽古納めはとても充実したものでした。

自分の中心を感じ、
手による操作ではなく、
球の回転のイメージによる腰の操作。
足幅狭くシモクからシモクへ
常に半身となるような体裁き。

そういう瞑想的稽古のよこで、
どこかの流派の空手の方々が
合気上げらしきものをやってらっしゃっいました。

断片的に盗み聞きをしていて思ったこと。

教え方がまったく違う。

正しいとか間違いではなく、

順番が全く逆なのだ。

全てを手先の操作だけで教えている。

○○筋をこう動かす、、
中指をこう動かす、、
、、、、

そこには意識の在り方、
軸の感覚、
もちろん気発や中心帰納の発想はない。

要するに目に見えないものへの観点は全くない。

全体性に関する考え方もない。


おそらく出来ない悩みは深くなるばかりだ。

そのあと、突きに対しての小手返しをやっていた。

先の合気上げとは全くつながりのない切り口で教えていた。

きっと、ひとつひとつ違う理合で技をおぼえていくのだ

大変だろーなーと思った。

2015年12月26日 (土)

明日27日は稽古納めです。


MSDOSの時代からPC関連の業界にいた自分にとって、いまのスマホの展開は今更ながら想像をはるかに超える。
PCにあまり縁のなかった方よりは多少PCのことはわかるかもしれないが、スマホに関してはまたすこし違う。
よって、iTunesの扱いの過程で大切な動画を、意図せず消してしまった。
愕然としてしまった。

合気道のまさに中心帰納を表現しているもので、それは知っている人にとってはとても貴重な動画だ。

しかし、よくよく考えてみたが、中心帰納を体験したことのない人が見ても馴れ合いの合気道をやっている動画にしか見えないのかもしれない。

感覚として自分に刷り込まれ、蓄積したものがあるだけでも良しとしようと、自分に言い聞かせた。

そして、その感覚をアウトプットすることにして、それをまた動画にしていこくことにした。

12月はバタバタと忙しくなかなかブログ更新ができませんでした。また、お知らせも遅れ気味だったこと反省しています。


さて、明日は今年最後の稽古納めにしたいと思います。

今年やったことのおさらいをします。

よろしくお願いいたします。


明日の稽古も、また上石神井体育館です。

↓↓↓

日時:12月27日(日)12:30~15:30

場所:上石神井体育館 第一武道場
練馬区上石神井1-32-37
03-5991-6601

↓↓↓
http://sports.geocities.jp/mk_mbsa_nerima/top.html

【西武新宿線】上石神井駅南口から徒歩8分
【西武池袋線】石神井公園駅北口から「西武バス」吉祥寺駅行で水道端下車1分
大泉学園駅南口から「西武バス」、「関東バス」西荻窪駅行で立野橋下車5分

※個人解放を利用しますので、他の武道関連のかたとシェアして使用することになります。

※参加費¥500 別途施設利用費¥300がかかります。


いつも通り、
道着等動ける服装であればOK、
事前連絡いただければありがたいですが、ドタ参でもOK、
初心者でも、ベテランでもOK、
武道経験者でも未経験者でもOK、
男性でも女性でもOK、
合氣道以外の武道家の方でもOK、
連絡先:aikishira☆gmail.com (☆→@に変換してメールお願いします。)

事前連絡いただければ、白石の携帯をお知らせいたします。

では、お会いできること楽しみにしております。

2015年12月 9日 (水)

12月13日の稽古は上石神井体育館です。

意識の置き所、

感覚のチューニング、

意識のリセット、

表現はなんでもいい。

こちらがある感覚になった時、

相手が何か反応する。

いや、相手の何かが、こちらの何かに

気付きバランスを整えようとする。

その状態を稽古で模索する。

そういうことを教わってきたし、

実際その通りだとわかってくる。

それを愚直にお伝えして稽古しているのです。

この感覚は間違いなく、瞑想やセラピーの

ヒントになる。

当然、合気などのヒントにもなる。

↓↓↓

日時:12月13日(日)12:30~15:30

場所:上石神井体育館 第一武道場
練馬区上石神井1-32-37
03-5991-6601

↓↓↓
http://sports.geocities.jp/mk_mbsa_nerima/top.html

【西武新宿線】上石神井駅南口から徒歩8分
【西武池袋線】石神井公園駅北口から「西武バス」吉祥寺駅行で水道端下車1分
大泉学園駅南口から「西武バス」、「関東バス」西荻窪駅行で立野橋下車5分

※個人解放を利用しますので、他の武道関連のかたとシェアして使用することになります。

※参加費¥500 別途施設利用費¥300がかかります。


いつも通り、
道着等動ける服装であればOK、
事前連絡いただければありがたいですが、ドタ参でもOK、
初心者でも、ベテランでもOK、
武道経験者でも未経験者でもOK、
男性でも女性でもOK、
合氣道以外の武道家の方でもOK、
連絡先:aikishira☆gmail.com (☆→@に変換してメールお願いします。)

事前連絡いただければ、白石の携帯をお知らせいたします。

では、お会いできること楽しみにしております。

2015年12月 8日 (火)

犬の葬儀

お察しがつくかと思いますが、身内の不幸とは、犬のラブのことでした。

当然人間ほどのことではありませんが、
家族にとっては、ケジメとして、
何らかの儀式が必要でした。

存在としてあったものが、無くなる。
意識していたものが無くなる。

感情的なものとは別に違う感覚として、
何か空虚感のようなものを感じる。

その空虚感とは、
その存在していたもののと過ごした
時間、空間、愛着、煩わしさ、妥協、後悔、楽しさ、嬉しさ、嫌悪、幸福感などなど、そういう記憶に匹敵するのだろう。

その空虚感が小さくても、大きすぎても何か実感がわかない。

そういうものかもしれない。

在って当然だったものがなくなる。

でも、すぐにでも現れるかもしれないそんな感覚。

しかし、頭ではそんなはずはないとわかっている。

その感覚と頭での理解とのギャップが、
その、空虚感を無常という思考に置き換える。

そういう状態は家族から見ると、冷たい態度に見えているようだ。

ひょっとしたら、僕自身他の人より悲しみという感情が少ないのかもしれない。

今回、ラブの葬儀の話で死に対する考え方を話したら家族から人で無し呼ばわり状態になった。

簡単に話すと、自分の葬儀は特にする必要はなく、法に触れない程度の最低限の処理でいいと、つまり、前世後世天国地獄という物語はそれ以上でもそれ以下でもない、そう考えると都合よく辻褄の合う仕組みがこの社会に存在するだけで、 肉体が消滅すれば、全ては文字通り無くなるのだ。。。
という自論をぶちまけたのだ。

つまり、自分の葬式でさえ焼いて海にでも、山にでも撒いてくれて、最小限の弔いで良いと考えているのだから、犬の葬儀などあまり真剣に考えていなかったのだ。

ところが、家族はやれ、保健所では可哀想だとか、合同火葬ではなく個別火葬でないと可哀想だとか、埋葬はどこのお寺が良いだとか、既にいない犬本人とは無関係に、この物語のなかで自己の欲求を満たす作業をしている。

当然、気持ちは理解できる。
なので人で無し呼ばわれ以降、
発言することは止めにした。

しかし、

明らかに、インターネットに数多出てくる、
ペット葬儀の類いは、その物語に便乗した
ビジネスにしか見えない。

そして、人の葬儀もその延長線上にあるように思える。

ぼくは、無宗教者だ。

敢えて言うと、

ぼくのそういう宗教的考え方は、

合気道を学んで出てくるものだ。

それは、死や恐怖に直面した時の考え方

を学ぶものだ。

ある意味まさに宗教だ。

ただ単にカタチとしての技を覚えるだけなら、断片的な沢山の技を積み重ねる事に終始することになる。

全ての技の中にある目に見えない一つを習得するためには、会得するまで信じるという精神的作業がいる。

それはまさに宗教的作業だ。

その信じる作業を成し遂げるには、

できるだけ矛盾のない、一貫性のある考え方

でないと疲れてしまう。

それはよく聞く身体操作論だけでは足らない。

どうしても、心理学や脳科学などを持ってきて理由付けしないと腑に落ちない。

当然それを飛び越して悟るという方法もあるだろうがそれは限りなく難しい。

脱線してしまった。

話を元に戻して、、、

結局、数多あるインターネットや
知り合いからの紹介の中から、

電話対応の感じの良い葬儀屋さんに

お願いすることになった。


あれだけ自論をぶちまけたにもかかわらず


キレイに納められた骨壷を見たとき、


少し安心した自分がいた。


2015年12月 6日 (日)

身内に不幸があり、本日の稽古は急遽おやすみです。


本日 12月6日の合気道の稽古は、

都合がつかなくなり、

突然ですが、お休みさせていただきます。

大変申し訳ございませんが、

よろしくご了承お願いいたします。

2015年12月 4日 (金)

犬の最後を考える。

室内犬で飼っているラブがいよいよ逝きそうだ。

数ヶ月前から後ろ足が萎えて、

徐々に散歩もままならなくなり、

現在ではついに寝たきりになってしまった。

糞尿は垂れ流し、

白内障で見えない目を半開きにし、

息が止まったと思えば、大きな音の息で吹き返す。

寝たきりになって2日で床ずれができてしまった。


15年も一緒に生活してきた家族は、

ここ数日ラブの近くで夜は寝るようになった。


以前書いたブログにイギリスの諺を書いた。


↓↓↓(参考ブログ)
http://cranioaiki.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-eefb.html


>子供が生まれたら犬を飼いなさい

>子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となり

>子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となり

>子供が少年期の時、子供の良き理解者となり

>そして子供が青年になった時、

>自らの死をもって子供に命の尊さを教えてくれる


まさにこの諺を彼女は実行してくれている。
彼女とともに成長した子供たちは

最後の瞬間に出来るだけ精一杯のことをしてあげようとしている。


散歩係で、人間の介護よろしく、

直前までのシモの世話役だった僕自身は

どちらかというと彼女の死に対して鈍感なようだ。


改めて考えると、

彼女の迎える死に方は、

まさに人間の最後の予行演習のようだ。


断片的だが死というものを下記のように考える。


生きていれば必ず死は訪れる。

そんなことは頭では十分わかっている。

しかし、普段それは忘れがちだ。


あらゆる生あるものと深く接するには死までの責任を考える必要がある。


逆に、あまりに死に関して過敏になっても問題だ。


死ぬということを忘れない程度に、すこし鈍感な方が楽だ。


直前の死に対して、

悲嘆、不安、恐怖に晒されるより、

それでも生きようとするその潜在力に最後まで目を向けていることが

大切なのだと考える。


彼女の

頭を触れて静かにしていると、

なんらかのリズムを感じることができ、生命の力強さを感じ取ることができる。


合気道でも、クラニオバイオでも、

そういうことを学んでいるのだ。

2015年12月 3日 (木)

次回12月6日の稽古は、、上石神井体育館です。

先週は

ひたすら中心帰納の練習をしました。

中心帰納は感覚、腰回しはイメージ

二つが合わさって境地となる。

今週も様々な切り口で中心帰納を勉強します。

よろしくです。


↓↓↓

日時:12月6日(日)12:30~15:30

場所:上石神井体育館 第一武道場
  練馬区上石神井1-32-37
03-5991-6601

↓↓↓
http://sports.geocities.jp/mk_mbsa_nerima/top.html

【西武新宿線】上石神井駅南口から徒歩8分
【西武池袋線】石神井公園駅北口から「西武バス」吉祥寺駅行で水道端下車1分 
大泉学園駅南口から「西武バス」、「関東バス」西荻窪駅行で立野橋下車5分

※個人解放を利用しますので、他の武道関連のかたとシェアして使用することになります。

※参加費¥500  別途施設利用費¥300がかかります。


いつも通り、
道着等動ける服装であればOK、
事前連絡いただければありがたいですが、ドタ参でもOK、
初心者でも、ベテランでもOK、
武道経験者でも未経験者でもOK、
男性でも女性でもOK、
合氣道以外の武道家の方でもOK、
連絡先:aikishira☆gmail.com (☆→@に変換してメールお願いします。)

事前連絡いただければ、白石の携帯をお知らせいたします。

では、お会いできること楽しみにしております。

2015年12月 1日 (火)

合気道の健康の効用


多かれ少なかれ、人は健康に関心がある。

死に向かって生きていながら、

極力死に抗うように、健康的な要素を生活に取り入れる。

人によって考え方が違うので、

その取り入れ方も様々だ。


そういう中で合気道はとても健康的な武道だということがわかる。

その一番の理由が、

競技試合がないということによるものだ。

勝ち負けではなく、体を正確に操作することが、

相手に技を効かせることに繋がる。

技が効率的に効かせれば、体力ではなく、

合理的に相手を抑制できる。

それがわかってくると、技を覚えることが面白くなってくる。

技がかかれば、受けたその技の方向性に合わせて受け身を取る。

適度な体への衝撃は、適度な体への刺激になる。

マッサージ効果もあるかも知れない。

また、裸足で、しかも畳の上で行動するの

で、必然的に足指を

畳にかませて動くことが足底筋の強化にもなる。


立ち関節を効かせるために、それぞれの位置関係、方向性を認識するため

空間認知能力も上がるに違いない。

そして何より伝えるべきことは、

相対する技のの掛け合いの中で、

自分の中の意識を観ていく、

感覚な背景にある感情を観ていく。

そこが心理的な面で良い訓練になる。

技が上手く出来ない理由が、

自分のどういう考え方や感情から来ること

に気付くことが出来る。

ただ、その繰り返しが合気道の稽古なのだ。

本当は、毎日でも道場で稽古がしたい。

それが出来ない現状では、

部屋や、近所の公園など、狭い空間での

一人稽古で工夫していくしか手立てはない。

でも、やっていて一人稽古も重要だとわかってくる。

なぜなら、相手がいようと、いまいと、

結局は自分を整える作業が重要だとわかってくらからだ。

つまり合気道は健康への効果がとてもあるということなのです。

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