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2015年11月24日 (火)

思っている以上によかった上石神井体育館の武道場

穴場でした。

上石神井駅からも思ったより近く、

使用していう団体も少ない。

正式のお知らせは別途するとして、

次回もここを活用しようと思いました。


さて、


今なんとかしてもっと、知らしめたいこの合気道のすごいところは、

自分の本当に整った状態が分かる。。というところなのです。

自分の整った、その相対的な関係性の中で、相手に崩れる、、という状態が現れる。


相手に崩れるという反応が現れる。


崩れるから技をかけることが容易になる。

だから技だけを覚えるだけではないのです。

自分の意識の状態をどこにチューニングすれば、相手に影響が与えることができるのか。

逆にいうと、

相手がなんらかの影響をうけて崩れれば、それのチューニングは正しい、、ということの証明になる。

そして、そのチューニングするための背景に、

禅的というか、心理学的というか、

そういう考え方が必要になってくる。


なぜなら、

敵対意識のある相手に対し、恐怖や不安や焦りや、

それらに対する反応としての自らの敵対心を

冷静に認識する必要があるからなのです。

心や、精神を鍛えるという言葉あるのですが、

鍛えるという言葉は適切ではないような気がします。

つまり繰り返しですが、そういう反応を冷静に認識するという、

自分を静かに観るという、

そういう訓練が必要なのだと思うのです。


この訓練というか、やっていることは、

まさに禅的な、瞑想的な考え方と一致する。

なので、瞑想的な質感が同時に現れるのです。


型稽古の繰り返しを没頭することで、その結果現れる

漠然とした変性意識よりももっと、

積極的な意味での ”瞑想的質感”なのです。

それはなにかスイッチを入れてその質感にパッと変われるような、

そのくらいのメリハリというか、境界というか、

異次元というか、そういう切り替わり感がある。


そして、その瞑想的質感には一種の静寂感がある。

それは、なにかお膳立てされた整然とした空間の中でなくとも、

例えば、混沌とした、雑然とした、大きな音が鳴り響く、都会の人ごみの中であっても、

その静寂は発動する。

それが出来る出来ないは周りの環境に左右されることのない自分の中だけの問題だからだ。


これはセラピーでも同様だと考えます。

なので、ここの合気道で習う、中心帰納などの考え方、訓練、会得した質感は、

セラピーの本質と同等であると言っているのです。

つまり、ここで得た本質を、

活殺どちらで遣うもその人次第であり、

ちゃんと理解していれば、どちらにも有効に適応できるということなのだと考えます。

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