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2015年11月15日 (日)

静寂、、、覚書

先生は

愚直に真理を探求しつづけた。

先生の先生からヒントをもらい、

そのヒントをまた愚直に信じつづけ、

薄紙をはがすように、

ちょっとした振動で崩れる小石を積み上げるように、

わずかな進歩を、わずかに感じ、

それを糧として次に進む、

積み上げて見つけることが出来たものを理解してもらうために

様々な角度で説明をする。

おかしなことに、それは矛盾した説明にしかならない。

聞く者、習う者はポカンとするばかりだ。

それでも愚直に説明を繰り返す。

仕方がないことなのだ。

真理とはそもそも言葉では表現できないものなのだ。

仮に表現したとしてもそれは一側面の表現でしかない。

「腰回し」や「中心帰納」という言葉はそういうものなのだ。

その背景には、大量の情報を宿している。

つまり、メタファーなのだ。

時には球理の説明をし、

時には360度の放線の説明をし、

時にはヒラキといい、

時にはシモクといい、

時には写し目といい、

時には3軸のことをいい、

中心軸のことを説明したあとで、

中心点は無いといい、、

中心はないがその周りを回って動いているといい、

結果、おおよその人が混乱する。

でもそれが、真理を正しく表現した結果的表現なのだ。

そして、

先生の先生がその無い中心の周りを回っている中心にあるのは、

動ではなく静であると仰ったそうだ。


「腰廻り」 という極意を確信されたのはいつですか?

そう質問をした。

そもそも最初からそういうものが備わっているのだと思いなさい、、というような

ことを言われた。


静が我々の中心に最初から備わったものなのだと、、

ぼくが別に習ってきたセラピーである

クラニオセイクラル・バイオダイナミクスと符号した。

そのセラピーでは

スティルネス、、

ダイナミックスティルネス、、、


という


それは静寂のことなのだ。

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