2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

« 10月25日(日)の稽古のお知らせ | トップページ | 11月1日の稽古のお知らせ »

2015年10月24日 (土)

武道とセラピーをつなぐもの3、(8つの体捌き)


その体捌きのことを、


気功ですか?

と、聞かれたら、はい、と、答える。

瞑想ですか?

と、聞かれたら、はい、と、答える。

ダンスのようなものですね?

と、聞かれたら、はい、と、答える。

形だけで意味がないですよね。

と、聞かれたら、はい、と、答える。

全ての動きが包含されてすごいですね。

と、聞かれたら、はい、と、答える。

全て正解であり、

全て誤りだ。

それは考え方によって変わる。

ダイヤモンドにもなるし、

ただの石ころにもなる。


なにかのセラピーはやりすぎると、

自己のエネルギーを消費つくしてしまうという。


あるセラピーは宇宙からのエネルギーを活用しているから、

無限であるという。


考え方で同じセラピーでも180度違う。


そして実際その考え方の通りになる。


考え方は100人百様だ。


よくよく考え抜いて矛盾のない一貫性のある考え方を構築したとき、

大自信がつく。(単なる自信ではない。)


大概、一貫性のある考え方とは、

自分だけに都合のいいものではなく、普遍的な宇宙の理に照らし合わせて

辻つまが合致したものだ。


だから、そういう人は宇宙のことを語りだす。


そういうものを会得するために、

ちゃんと教えている武道を習うことはとても有効だ。

そこでは、何かを伝えるために主催者は

ある特別な意識状態の場を作らなければならない。

逆にそれを作れない人は、主催者になってはいけない。


そして、その特別な意識の場がベースとなって、

ある質感が伝わる。

そのために、どんなに遠くてもみんな稽古にくるのだ。


セラピーを教える場合も同様だ。


僕はその特別な意識のことを、

瞑想的質感と読んでいる。


それなしに、武道もセラピーもありえない。

その質感の方向性を指し示されることなく、

合気道で言えば、正面うち入身投げを100万回繰り返しても

全く進歩しない。

セラピストが何万人クライアントとのセッションを経験しても同様だ。

同じこところをクルクル回っているだけになる。


この瞑想的質感を伝えるツールとして、

数多ある○○瞑想や○○気功があるだけなのだ。


そして8つの体捌きがある


よく、瞑想は○○瞑想でなければならない、、というような

マストの表現をつかう集団もいるがその段階でとても洗脳的で違和感を感じる。

経験上いいかもしれない、、、というくらいなものだ。


繰り返しだが、ただのツールでしかないからだ。


そういうことを俯瞰的に理解して、

学ばなくいてはいけないのだと思う。

« 10月25日(日)の稽古のお知らせ | トップページ | 11月1日の稽古のお知らせ »

who is in (awareness inetnsive)・公案禅・瞑想」カテゴリの記事

クラニオセイクラルバイオダイナミクス」カテゴリの記事

合気道」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1480795/62186449

この記事へのトラックバック一覧です: 武道とセラピーをつなぐもの3、(8つの体捌き):

« 10月25日(日)の稽古のお知らせ | トップページ | 11月1日の稽古のお知らせ »