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2015年9月13日 (日)

入り身も合気も、それをする前に”それ”を理解する必要がある。 


合氣道業界最大手の”合気会”の中でも”それ”をチャント教えているところは、

皆無です。

気づいていらっしゃる人はいると思います。

師範の方によっては、無意識にやってらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

でも、

仕組みとして理解していないので、

どう伝えていいかわからない。

偶然に体得出来た人もいるかもしれないが、

一貫性のある理解をしていないので、一貫した教えを伝えることが出来ない。


だから、型稽古をとことん繰り返す。

そこで、それぞれが会得してください、、ということなのだ。


さすがに、答え(その感覚)をダイレクトに伝えることは難しい。

入口として、方向をチャント指し示してあげることが必要だ。

そうでないと、全くもって辿り着かない。

だから、2段、3段、位になるとみんな悩み始めるのだ。

方向が少しでもずれていれば、時間が経てば経つほど遠ざかってしまう。


よくあるセミナーでコツをおしえました、、ハイで来ました、、

というものは、あまり意味がない。

それで解決するなら、もっと普遍的に世に浸透していないとおかしい。

大体、秘伝とはすぐに出来ることを秘密にしていることなのではない。

内面的な話なのだ。 考え方なのだ。

では、考え方を理解できるよう説明すればそれでいいのか?

いや、そんなに簡単な話ではないのだ。


その入口が ”中心帰納” なのだ。

すべての技に ”それ” がある。

すべての行為に ”それ” があるのだ。


当然、入り身にも、合気にも、それが大前提なのだ。

下記、2カ月まえに開催した、成田先生の講座の感想がこの時期いただきました。

そうとう、言葉を選んで書いてらっしゃることが伺えます。

それは、真理に触れたからなのです。

9月20日に合氣道セミナーを開きたいと思います。

詳細は後ほどお伝えしますが、

もし、この方が来られたら、更に理解が深まるでしょう。

下記、感想です。

↓↓↓

縁あって、今回の講習会に参加させていただきました。
自分は、合気道を8年学んできました。皆さんが知っている通り一般的な合気道です。
合気道には試合が無いというところから、自分なりに稽古の目的、勝負等の意義について深く考えてきました。
自分にとって合気道とは、自己との対話、自問自答する哲学であり、合気道の技法は哲学の扉を開くきっかけでしかなく、身体的な強さ、戦う強さは副産物、道場で稽古することにより身体は鍛えられ、強くなるもの・・・「哲学と身体的強さ」を「主産物と副産物」の関係として捉えて今に至っています。

そんな自分が今回の講習会に参加して、非常に興味深いことがありました。

それは「入身」です。
いままで自分の経験してきた「入身」とはまったく異質なものでした。

相対する人との同調(すいません、言葉が見つかりません)する感覚の中で「入身」が行われているように感じました。
上手く表現できませんが、その他体験させて頂いた全般にわたり、体術の中にその「感覚」が内包されているような感じを覚えました。
主催者の方曰く、その昔すべての「武道」は「それ」が存在していた(のではないか)とのこと。

現在の合気道を全否定するつもりはありません。

ただこの「感覚」の存在を知ることは、とても重要であり、そこから新しく始まることがあるような気がします。

自分にとって武道に対する認識を大きく変える、新たな発見をさせて頂いた、とても意義のある講習会でした。

参加させていただき感謝です。

ありがとうございました。

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