2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

« ゲシュタルトの祈り | トップページ | 子供が生まれたら犬を飼いなさい。 »

2015年2月13日 (金)

脳は共感したい。そしてそれを理解すること。


きっと、本来、脳は他の脳と共感したい。


共感すると、個人のできること以上の能力を喚起する。


人の心は、個人の脳から発生し、

他人とのかかわりの中で、共感することで発達させ、

それを支える脳自体もフィードバックで発展する。


だから、本能としては、

人は、殺人をしたり、戦争など争いは起こさない。


でも、それを抑制するのは、思考なのだ。

思考によって自分の枠をつくり、

その枠を守ることが価値のあることだと思い込む。

その価値を守るために、組織を作り、システムを構築し、

国家を作り、愛国心を植え付ける。

価値観の相違は、思考の裏側に張り付いている怒りの感情によって、

殺人もするし、戦争も厭わない。

そこになぜ気づいて、至れないか。

そこをチャンと気づいて行動しないと、

同じことの繰り返しになる。


同じステージをくるくる回りつづけることになる。


下記、以前から気になっていた文章を紹介します。


↓↓↓


ポーシャ・ネルソン  5つの短い章からなる自叙伝   
(IanStewart.VannJoines.深沢道子監訳)より

第一章.
  私は通りを歩く。
  歩道に深い穴がある。
  私は落っこちる、
  どうしたらいいのか分からない、・・・どうしようもない、
  これは私の間違いじゃない。
  出方がわかるまでものすごく時間がかかる。

第2章.
  私は同じ通りを歩く。
  歩道に深い穴がある。
  私はそれを見ないふりをして、
  またまた落っこちる。
  また同じ場所にいるのが信じられない。
  でも、これは私の間違いじゃない。
  やはり出るのにずいぶん時間がかかる。

第3章.
  私は同じ通りを歩く。
  歩道に深い穴がある。
  それがあるのが見える、
  それでも私は落っこちる、・・・これは習癖(くせ)だ。
  私の目は開いている。
  自分がどこにいるのかわかる。
  これは私のしたことだ。
  すぐそこからでる。

第4章.
  私は同じ通りを歩く。
  歩道に深い穴がある。
  私はそれを避(よ)けて通る。

第5章.
  私は別の通りを歩く。


↑↑↑


これは、個人であれ、組織であれ、国家であれ、同じことだ。


この癖を取り払うには、その癖に気づかなければならない。

代償の責任を受け入れる覚悟がいる。

思考がもたらしていることなのだから、

理解できるような考え方を確立しなければならない。


考え方なのだ。

だから、思考で腑に落とす。

フワフワと気持ちの良いセラピーや、瞑想では、

同じ事の繰り返しで、

依存体質を作り出すだけだ。

その先がある。

耳の痛い、向き合いたくない自分、

自分に客観的に向き合うこと、

どうしようもないことは、開き直り、場合によっては、

諦めも呼び起こすようなこともあるだろう。

でも、それに目をそらさない。

そうすると、不思議と力が湧きでてくる。

清々しさも感じる。


クラニオセイクラル・バイオダイナミクスとは

そういうものなのだ。

瞑想とはそういうものなのだ。

妄想とはちがう。

常に現実と密接していることなのだ。


で、

そういう、すべてを受け入れた状況の、

真っ白な状況のとき、

共感のベースが出来上がる。


« ゲシュタルトの祈り | トップページ | 子供が生まれたら犬を飼いなさい。 »

人生」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1480795/58918422

この記事へのトラックバック一覧です: 脳は共感したい。そしてそれを理解すること。:

« ゲシュタルトの祈り | トップページ | 子供が生まれたら犬を飼いなさい。 »