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2014年9月17日 (水)

静中心セラピー研究会 発足

こんにちは、白石@クラニオアイキです。

いつもこのブログを読んでいただいてありがとうございます。


このネーミングを聞いて、どういう印象をもったでしょうか。

・訳が分からない。
・怪しい。
・とってつけたようだ。

様々なネガティブな感じを持ったかもしれません。

でも、実はその真逆です。


・説明を聞いてみるとシンプルで、
・納得がいき
・なかなかセンスのいいネーミング


に思えてきます。


まずは、ホームページをご覧ください。

 http://静中心.net/


サラリーマンをして、ある程度世の中の仕組みを理解したつもりのオッサン

ライターをして、直近飲み屋の経営も経験し、各界の著名人とのパイプを多く持つオッサン

作業療法士で、精神病棟の裏を垣間見てきたオッサン

3人の共通は様々なセラピーや武道を勉強してきて、

表面的なものではなく、真理を求めたいという思いがあり、

あーでもない、こーでもないと、今まで経験してきたこと、考えてきたこと、これからの傾向、

いろいろ喧々諤々話し合って、出てきた結論が、この


”静中心”というコンセプトです。


そして、なぜ研究会という名前を付け足したかというと、


それを説明するための、理解してもらうための、そして習得してもらう為の、

説得力のあるツールを開発・探求しているからです。


では、大凡どういうことなのかをお伝えすると、


発端は、以下の話の内容にナグハンズ押切氏が共鳴共感されたことから始まります。

普通のサラリーマンだった自分は、もともと好きだった、

整体やセラピーやボディーワークを継続的に習ってました。

そして、並行して武道も習ってました。

もし、それだけなら、いろいろなセラピーの手技のをもつ、

そして、合氣道などをならい、心身共に健康でいいですね。。

という感じで納まっていたことでしょう。

そこで出会ったのが、7年前、当時まだ教えに来られていた一元塾 成田先生でした。

とても滑らかな動き、こちらの動きと同調しているというか、

先が読めているというか、相手の動きをもコントロールしているようにも見えました。

いったい、どういう理屈でそれが出来るのか、遠慮ない私は面と向かって質問しました。

そして、帰ってきた言葉は

「想い方」であるというこたえでした。


頭の上には ?マークが浮かんでいたでしょう。


そして、その「想い方」は一つであるという。 


もう一つ 頭の上に?マークが浮かんだに違いない。


効率のいい動きを獲得するために、相手と同調するために、


先が読めるというような、相手をコントロールできるような動きになるためには、


身体操作的なトレーニングではなく、「想い方」、言い換えれば 「考え方」で


それが出来るというのだ。


これだけ聞いていると、認知行動療法みたいだ。


そしてその中で出てきた言葉が「中心帰納」だった。


みな意識が外に向かっているので、


それをその都度、自分の中心に戻す。


戻すときのイメージ


戻すときの質感


外から見たら、脱力しているように見えるかもしれない。

でも、それは単なる脱力ではない。


そして、それはその人の姿勢を正しくする。

いろんな姿勢、立った時、座った時、物を持った時、歩く時、

一番適正な姿勢に戻す。


そして、合氣道においての技は、正しい姿勢の自分に対して、


崩れた相手を処理するだけなのだという。


それを続けると、戻すという意図や、何らかのイメージはなくなり、

「無」や「空」の状態になり、

すなわち、思わざるな技がでるという。


要するに、思考を止めるための方法、、なのだ。


言うのは簡単だが、これを武道で実践するのはなかなか難しい。

攻めてくる相手に対する、恐怖心ややろうとするこちらの意図を

無くするということを想像すれば理解できるだろう。


ここまで書けば、勘の言い方はお分かりだと思いますが、

要するに、瞑想と同じプロセスをたどるのです。

そして、成田先生の状況を思い出すと、相手をやっつけるという雰囲気よりも、

瞑想的な質感を醸しだしていた。


決して、氣や目に見えないもので、相手に対して、意識的に作用させるように

意図するのではなく、自然にその質感自体が相手の脳に作用する。

そもそも人間には無意識的な共感機能が備わっているんだと思う。

意識的に共感しようとすると、同情など余計な思考がさしはさまれる。


常に、今ココの自分に立ち返り、瞑想的な質感で相手に対応する。


それを静中心となずける。


そうすると、柔らかな、滑らかな、無駄のない、効率的な動きが

自然に出てくるのだ。


そして更に一歩進んで、その静中心の時に感じる質感を感じ、


体感として記憶してもらう。


逆に、その質感を獲得してもらうために、結果で得られる姿勢や、動き


作ってもらうこともするかもしれない。


そして、その記憶された体感をフィードバックのトリガーにしてもらう。


それは相手に必ず影響する、なんらかの作用がある。


それは、間違いなく、セラピー、カウンセリングや人と関わりあう場面


例えば、営業などに有効に働く。


それを続けていると、いろいろなものが見えてくるかもしれない。


本質や方便などなど、

  以上、長文お読みいただいてありがとうございました。

メンバーの押切氏が作成した、動画です。

一度見てみてください。

↓↓↓↓

https://www.youtube.com/watch?v=ip6jiM6ESN4&list=UU0Qn6785D8k10RgoRMQpJ8g&index=1


ちなみに、立っている方は私です。(年取ったな~。(;_;))

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