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2014年9月

2014年9月27日 (土)

クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは脳を守る。

いつもこのブログを読んでいただいてありがとうございます。


白石@クラニオアイキ です。

瞑想は脳を守るということを書いたブログがあった。

↓↓↓

http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/26864164.html


(下記抜粋)


「これまでの瞑想の脳への効果を要約すると、感情や気分のコントロール能力の向上、


免疫機能の調整、抗酸化活性を高める、ストレス誘発コルチゾールの分泌を減らす、


ストレスなどの脳への刺激に対してにバランスが取れた応答が可能になる、


ストレスレベルの低下、ストレスの解消、肯定的な感情や高次の感情を育む、


神経回路網を強化する、認知予備能力や認知機能を高める、注意力や集中力が高まる、


瞑想をマスターした人の脳波所見では前頭部のθ波が増す(=リラクゼーションの状態にある)、


PTSDの症状を緩和させる、など、様々なすばらしい効果が報告されている。


瞑想にてADHDの症状までも良くなっていくらしい


(ADHDの児童が瞑想できるのかは疑問だが、私のような大人になったADHDのケースならば可能かも。汗;)。

とにかく瞑想は脳に非常にいいのであった。」


いいことづくめ、だ。


それだけでなく、脳の容積が増えるとも書いてある。

最近では、瞑想や禅に関する本を、本屋でよく目にするようになった。


でも、瞑想や禅にイマイチ入りづらいと感じている人もいると思う。


私もその一人だった。

では、なぜ瞑想がこんなに好きになってしまったか、、


それは、クラニオセイクラル・バイオダイナミクスで


その質感を体験したからだ。

ちょっと、思いついた。


クラニオセイクラル・バイオダイナミクスを瞑想の入口にしてもいいのでわないか。


そういうものだとわかれば、


瞑想もイメージしやすいだろう。


クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは


二人でする瞑想とも言われている。


つまりは、こうだ。


「瞑想は脳を守る。」


「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス = 瞑想」


すなわち、表題のとおり、


「クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは脳を守る。」


ということだ。


2014年9月22日 (月)

第一回 Who Is In 無事終了しました。

こんにちは、白石@クラニオアイキです。

いつも、このブログを読んでいいただいてありがとうございます。

去る9月20日、白石が、初主催のWho Is Inを無事終了することができました。

正直、大変でした。

というのは、禅を継承しているからだと思うのですが。

するべきことがキッチリ決められていて、

それを厳密に遂行してくことを守らなければいけないからです。


そして、その場をしっかりとホールドしていかなくてはいけない。


仲間のサポートができなければ、絶対成し得なかったと思います。


本当に感謝いたします。


さて、以前書いたブログがあります。


↓↓↓
http://cranioaiki.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-ba0b.html

この時は、書いていることは合気道や武道の切り口で書いていました。

しかし、そこで書いていることは、まさに最近話題になっている

デフォルト・モード・ネットワークに関することであり、

それにいい影響を与える手段として、今、取り沙汰されているが

瞑想や禅などだということです。

うつ病、統合失調症、認知症、アルツハイマー病、ADHD、

インターネット依存性、アルコール依存性、ギャンブル依存性、

いわゆる依存性と言われているもの全てに、そして慢性疲労、筋筋膜疼痛、

線維筋痛症などの原因不明の痛みにかんしても、何らかの関与があると

いわれているようです。

改めて、デフォルト・モード・ネットワーク(default mode network/DMN)

とはなんなのか。

平たく言うと、


ひとは、ボーとしているとき、何もしていないときにも、

深層のその分散した脳のいくつかの部分同士に接続活動があること。

そのDMNが活性化している。

情報のやり取りの仕方(接続性)は個性があり、それが個人の個性になる。

そして、その領域の活動時に記憶の整理、情報の統合、自己の認識など

の作業を無意識にしている。


要するにこういうことだ、

脳を輪切りにして、各個人の「私」という部分を探しても、

見つからない、それぞれの統合されたものが、「私」であり、


その統合とは、部分同士の接続性(ネットワーク)だというのだ。


そのDMNがまさに私そのものを形づくる重要な要素の一つなのだろう。

インターネットにあるDMNの説明の文章にいくつかの気になるセンテンスがあった。

①DMNは外部の刺激からは独立した思考と自己への内省に関連した機能を有する。

②DMNは統合失調症やうつ病ではDMNは過剰に活動している

③DMNは認知症で活動減少や一貫性の破綻がみられる。

④DMNはアルツハイマー病では異常なパターンが脳内アミロイド沈着のレベルに関与している。

⑤DMNは60歳以降ではアミロイド沈着とは関係なく脳の前部と後部の間といった遠い接続性が減少する。


つまりは、うつ病で言うと、

DMN領域で、過去の失敗を悔み、未来を不安におもうネガティブな思考

を無意識に反芻しているというパターンがあり、そしてその思考パターンを

ポジティブな思考にスムーズに変更できないということであり、

他の症状もそれぞれのDMNのパターンがあるというのだ。


とある本では、

無意識的に、生きる希望というか、喜びをなくした人ほど、

認知症や、アルツハイマー病になりやすいのではないかと仮説を立てていた。


そこで、瞑想や禅がとても有効だということなのだそうです。


それによって、脳の部分、部分をつなぐ機能がある「島」という部分の容積がふえる。

そして、脳の各部分に接続する機能が高まる。

つまり、新し脳の回路を作り、

いろんなモードへスムーズに移行しやすくするトレーニングになるということなのです。


結論として、やっぱり瞑想や禅はいいですねー。

治癒の一助として、高齢化社会の課題である認知症問題の予防として、

瞑想や禅をするべきでしょう。。

チャンチャンで終わりたいところですが、

Who Is Inを続けていく白石としては、もう一歩踏み込んで、、


上記のような病的症状がある場合、全て無意識層でパターンが形成される

ということが一つ重要なポイントだと考えてます。

例えば、うつ病に関して言うと、


無意識に反芻される思考パターンに翻弄されている当事者が

その無意識を、どのように意識上にあげ、気づき、解釈し、

消化していくのか、、


当然、ボーとすることだけでもDMNは活性化するということですので、

よくある感覚やイメージを切り口にした瞑想でも十分効果があると思います。


しかし、


Who Is Inはそれだけに留まらず、


更に踏み込んで、思考を切り口に、公案禅のやり方で、


言葉として意識上に汲み上げられた無意識的な感情、感覚、イメージ、思考を


口に表していきます。


自分から離れ出た思わぬ言葉は、それ自体が観照の対象となり、


自分のなかで、理解が深まります。


それは自分を知る上でとても効果的で、


ある領域に到達するのにとても速攻性があります。


それこそ、最初に書いた症状のある方もおすすめですが、


更に、自分を掘り下げて見つめる必要のある


普段から違う瞑想をやってらっしゃる方、武道家、格闘家、


ダンサー、カウンセラー、セラピスト、コーチ、教師、各種アスリート、


企業経営者、医療関係者 各界の方におすすめです。


改めて、


Who Is In いかがですか?


次回開催情報です。


↓↓↓↓

http://www.craniosacralbiodynamics-aiki.com/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%96-who-is-in-new/who-is-in-%E9%96%8B%E5%82%AC%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%83%85%E5%A0%B1/

2014年9月17日 (水)

静中心セラピー研究会 発足

こんにちは、白石@クラニオアイキです。

いつもこのブログを読んでいただいてありがとうございます。


このネーミングを聞いて、どういう印象をもったでしょうか。

・訳が分からない。
・怪しい。
・とってつけたようだ。

様々なネガティブな感じを持ったかもしれません。

でも、実はその真逆です。


・説明を聞いてみるとシンプルで、
・納得がいき
・なかなかセンスのいいネーミング


に思えてきます。


まずは、ホームページをご覧ください。

 http://静中心.net/


サラリーマンをして、ある程度世の中の仕組みを理解したつもりのオッサン

ライターをして、直近飲み屋の経営も経験し、各界の著名人とのパイプを多く持つオッサン

作業療法士で、精神病棟の裏を垣間見てきたオッサン

3人の共通は様々なセラピーや武道を勉強してきて、

表面的なものではなく、真理を求めたいという思いがあり、

あーでもない、こーでもないと、今まで経験してきたこと、考えてきたこと、これからの傾向、

いろいろ喧々諤々話し合って、出てきた結論が、この


”静中心”というコンセプトです。


そして、なぜ研究会という名前を付け足したかというと、


それを説明するための、理解してもらうための、そして習得してもらう為の、

説得力のあるツールを開発・探求しているからです。


では、大凡どういうことなのかをお伝えすると、


発端は、以下の話の内容にナグハンズ押切氏が共鳴共感されたことから始まります。

普通のサラリーマンだった自分は、もともと好きだった、

整体やセラピーやボディーワークを継続的に習ってました。

そして、並行して武道も習ってました。

もし、それだけなら、いろいろなセラピーの手技のをもつ、

そして、合氣道などをならい、心身共に健康でいいですね。。

という感じで納まっていたことでしょう。

そこで出会ったのが、7年前、当時まだ教えに来られていた一元塾 成田先生でした。

とても滑らかな動き、こちらの動きと同調しているというか、

先が読めているというか、相手の動きをもコントロールしているようにも見えました。

いったい、どういう理屈でそれが出来るのか、遠慮ない私は面と向かって質問しました。

そして、帰ってきた言葉は

「想い方」であるというこたえでした。


頭の上には ?マークが浮かんでいたでしょう。


そして、その「想い方」は一つであるという。 


もう一つ 頭の上に?マークが浮かんだに違いない。


効率のいい動きを獲得するために、相手と同調するために、


先が読めるというような、相手をコントロールできるような動きになるためには、


身体操作的なトレーニングではなく、「想い方」、言い換えれば 「考え方」で


それが出来るというのだ。


これだけ聞いていると、認知行動療法みたいだ。


そしてその中で出てきた言葉が「中心帰納」だった。


みな意識が外に向かっているので、


それをその都度、自分の中心に戻す。


戻すときのイメージ


戻すときの質感


外から見たら、脱力しているように見えるかもしれない。

でも、それは単なる脱力ではない。


そして、それはその人の姿勢を正しくする。

いろんな姿勢、立った時、座った時、物を持った時、歩く時、

一番適正な姿勢に戻す。


そして、合氣道においての技は、正しい姿勢の自分に対して、


崩れた相手を処理するだけなのだという。


それを続けると、戻すという意図や、何らかのイメージはなくなり、

「無」や「空」の状態になり、

すなわち、思わざるな技がでるという。


要するに、思考を止めるための方法、、なのだ。


言うのは簡単だが、これを武道で実践するのはなかなか難しい。

攻めてくる相手に対する、恐怖心ややろうとするこちらの意図を

無くするということを想像すれば理解できるだろう。


ここまで書けば、勘の言い方はお分かりだと思いますが、

要するに、瞑想と同じプロセスをたどるのです。

そして、成田先生の状況を思い出すと、相手をやっつけるという雰囲気よりも、

瞑想的な質感を醸しだしていた。


決して、氣や目に見えないもので、相手に対して、意識的に作用させるように

意図するのではなく、自然にその質感自体が相手の脳に作用する。

そもそも人間には無意識的な共感機能が備わっているんだと思う。

意識的に共感しようとすると、同情など余計な思考がさしはさまれる。


常に、今ココの自分に立ち返り、瞑想的な質感で相手に対応する。


それを静中心となずける。


そうすると、柔らかな、滑らかな、無駄のない、効率的な動きが

自然に出てくるのだ。


そして更に一歩進んで、その静中心の時に感じる質感を感じ、


体感として記憶してもらう。


逆に、その質感を獲得してもらうために、結果で得られる姿勢や、動き


作ってもらうこともするかもしれない。


そして、その記憶された体感をフィードバックのトリガーにしてもらう。


それは相手に必ず影響する、なんらかの作用がある。


それは、間違いなく、セラピー、カウンセリングや人と関わりあう場面


例えば、営業などに有効に働く。


それを続けていると、いろいろなものが見えてくるかもしれない。


本質や方便などなど、

  以上、長文お読みいただいてありがとうございました。

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2014年9月 3日 (水)

佐々木将人先生の文章 第2弾

こんにちは 白石@クラニオアイキ です。

いつも、このブログを読んでいただいてありがとうございます。


さて、


前回に続いて佐々木将人先生の文章を載せたいと思います。

佐々木先生の文章は普遍的な示唆のある内容が多く、

今回の文章も何かの紹介文のようなのですが、とても心に残る文章です。


↓↓↓

言葉は心の食べ物 (乾舟 佐々木の将人)


人の使命は物作りである。

物には品物と人物とがあって、

物質の原点は原子で、その破綻が原爆であり、

人物の原点は家庭で、その破綻が国家の崩壊となる。

原子も家庭の平安も陰陽の調和の結びである。


争うも生きるも共に近き人 
 
 心しだいで道となりけり(乾舟)


個人も国家も近いものほど争い、また近い人や、

目の前の物で生かされている。

”平和は一つ争いは無限”で心しだいで幸、不幸となるように、

吾とは心である。

心の状態で神の道、神経が広くなったり、狭くなったり、

時には気絶からショック死となる。

それ故に言葉は命にして人を活かすが、言刃で切れれた

心の傷は治りにくい。

「体には生食を、心には活学を」で、人物創りの

家庭も学校も食と言葉の料理である。

しかし、食べ過ぎと長話は

「一人の満足、みんなの迷惑」でまずくなる。


↑↑↑


私のサラリーマン人生は、IT業界の中で過ごしてきた。

マイクロソフトのMS-DOSの時代から始まり、

その頃の時代の寵児は、アスキーの西さんという人だった。

MS-DOSからWindowsに変わり、一太郎、ロータス123が主流だったのが、

ワードとエクセルがそれに取って替わり、

PCはNEC王国だったのが、DOS/Vが台頭し、

ネットワークも、ノベルが一時期台頭したが、インターネットのTCP/IPプロトコルが

普及し、まさか各家庭にルーターが行き届き、インターネットがここまで身近になる

とは想像もしていなかった。

ゲームソフト、ビジネスソフトのパッケージの卸流通だったソフトバンクは、

突如、インターネットプロバイダーを宣言し、その後ボーダフォンを買収し現在の

規模になっている。この前年商が6兆円だと聞いて驚いた。

そして、現在、全てを飲み込むようにスマートフォンが普及している。

高校生や大学生は、当たり前のように、手元にある小さなパソコンつまりスマートフォンで、

インターネットにアクセスし、ネットサーフィンし、メールをし、LINEなど昔からあるチャット形式の

ツールでみんなとコミュニケーションをしている。

今までの人生は、この激変する業界の中で、変化のスピード感を感じ楽しかったが、

ある意味、流されて生きてきた。

自分の山を歩いてこなかった。


自分で決め、そして結果の責任を取る。。

どこまで厳密にするかは別として、サラリーマンにもそういう緊張感が必要なのではないか。


直近の10カ月は、全く違う業界に入り、生計を立てていたが、あまりにも会社の仕組みが

今までと違い、戸惑う反面、とても勉強になった。(このことは後日ユックリ書きたいと思います。)

要するに、先ほどの佐々木将人先生の物作りではないが、

IT業界での約25年は何か作ってこれたのだろうか。

最後の10年は確かに小さな会社で自分で売れるだろうと思う製品なんかを

考えたり、それを製品化したりした。

結果は売れなかったが、それに対する責任というものはアヤフヤだった。

責任に対しては恐怖心があった。


ゆっくり落ち着いて考えていきたいとおもう。

サラリーマンをしながらでも、自分のやりたいことを模索してきた。

それが、合気道であり、クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(頭蓋仙骨療法)であり、

Who Is In なのだ。

そして、それらに共通する概念に対して、ナグハンズの押切氏に静中心法という名前を付けてもらった。

更に、それを軸に広がりを見せようとしている。


静中心法という概念は、

昔からある考え方ではあるけれど、

その切り口で、思考、感情、感覚、体に焦点をあて、

ある質感の習得を目指すという考え方はなかったのではないか。


今後は、それをチャント周知していきたい。

人物創りとして、静中心法を伝え、現在、心身で悩んでらっしゃる方への

お手伝いをさせていただくことを使命としてやっていきたい。


最悪は、寝て起きて生活できるだけのスペースと

1日お握り3個の生活でやっていくという覚悟をもってやっていきたいと

考えてます。


よろしくお願いいたします。


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