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2014年8月26日 (火)

人生観 (佐々木将人先生)

どうやって飯を食うのだ。


80を超えた父親に今回の決断を話したとき、


吐き捨てるように言われた。


横で同じく年老いた母親は、不安そうに大丈夫か、


大丈夫か、と何度も心配そうに繰り返す。


心配をかけて申し訳ないと思う。


この二人のセットが、私のスーパーエゴのかなりのエリアを

占めている


この価値観との戦いが、四六時中頭のなかで展開していた。


今日、本棚を整理していて、


以前、大手合気道に勤しんでいた時に、


合気道の先生にいただいたクリアファイルに入った文章に目が行った。


当時は流して読んでいた文章だったが、今読むと心に沁みた。


一年半ほど前に亡くなられた、佐々木将人先生の書かれた文章だ。


大手合気道本部の師範で、当時は土曜の朝稽古にチョクチョク行っていたことを

思い出した。


合気道より、話している時間の方が長く、冬なんかはすっかり体が冷めてしまった

こともある。

中村天風先生に直接教えをうけたという、思想家なのだと思った。


話が面白く、ユーモアがあり、とても魅力的な先生でした。


以下、その文章です。


↓↓↓

位(くらい)、人臣極めた王侯も、名もなき一介の凡人も、目は二つで鼻一つ、

足で歩いて手で掴み、尻でもの言うひとはない。

立って半帖、寝て一帖、天下を盗っても四帖半。

着物は一着、ご飯は二杯。

寝だめ食いだめ着だめも出来ず、厠(かわや)の姿は皆同じ。

風呂に入る時は皆裸。

何かあるのが人生で、幸も不幸も生きている証拠。

嵐の中でも時がたつ、過ぎて仕舞えば屁の如し。

泣いて暮らすも笑ふて住むも、同じこの世の浮世なり。

貧も病いも人生の糧(かて)。

然も心は現在を要し、昨日は返すに由(よし)なく、

明日は未だ我が手に非ずの今、今の中今に立つ。

されば心と体にはより多くの喜びと楽しみを与えつつ、

悠々と人生道を味ふ。


                 乾舟(けんしゅう)


自分のスーパーエゴに気づき、観察する。

これも静中心法の一つなのだ。


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