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2014年1月

2014年1月23日 (木)

祝婚歌

ふとラジオの話が耳に入り、

詩人の吉野弘さんという方が亡くなったということだった。

無知な僕はこの人を知らなかった。

結婚式でよく読まれるようだが、

最後に題名を聞くまでは、

全ての人間の関係性において普遍的な内容なように感じた。


↓↓↓↓

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派過ぎないほうがいい

立派過ぎることは

長持ちしないことだと

気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい


完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうち どちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そしてなぜ 胸が熱くなるのか

黙っていてもふたりには

わかるのであってほしい


       『 祝 婚 歌 』  吉野 弘

↑↑↑↑↑

現代社会(会社、家族という単位でも)が存続するためのシステムは、


本来、単体の人間が生きていく為のシステムとは乖離がある。


そのギャップに人は適応しようと努力する。


ある程度の適応できる範囲を”常識”といい。


むちゃくちゃな乖離を”理不尽”とよぶ。


でも、大概、現実は理不尽なものだ。


その人の主観によっても、常識や理不尽の基準は変わるだろう。


だから、上記の詩のように、正しいこと、つまり正論は、


人によって、属するシステムによって、違い、


人を傷つける。


完璧はないのだ。


相手によって変わる。


関係性によって変わる。

周りにある小さな常識の基準に適応することが重要なのではない。

そういう基準もあるのだというキャパシティ-を養うことが必要なのだ。

それが根幹なのだ。


セラピーでのクライアントの関係性も同じことなのだ。


ぼくがやりたいクラニオセイクラル・バイオダイナミクスのなかで伝えたいことは、


テクニックよりもこちらの方なのです。


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