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2013年7月11日 (木)

わかってきた。


わかってきた。

わかってきたからといって、すべてチャント100%出来るとは限らない。

しかし、大分わかってきた。


間違いなく、


・一元塾の合気道の中心帰納の感覚と、


・クラニオセイクラル・バイオダイナミクスのタイド、スティルネス、ステートオブバランス
 を感じている時のある感覚と、


・Who Is Inの一瞥のタイミングの時に感じているあの感覚は、


同じ質感だ。

3つのそれぞれ違う事、

合気道、癒し、瞑想、

の根っ子が同じだということだ。

おそらく、一つだけを習っていたら、

なかなかわからない。


昔の剣の世界の人が、

禅をやったのは同じことなのではないか、、

ふと思った、

同じ質感ということは、

考え方も同じなのではないか。

それぞれ3つは、表現は違うけど、

突き詰めれば、思想は同じなのだ。


思想とは自分の中での考え方のことだ。

自分を整えるためのものだ。


相手にとやかくアーダコーダ説教をするためのものではない。

ところが、相手をどうにかしたくなる。

合気道だったら、相手をどうにかしてやっつけたくなる。

クラニオセイクラル・バイオダイナミクスだったら、相手の悪いところを

どうにかしてあげたくなる。

Who Is In だったら、パートナーのストーリーに巻き込まれたくなる。

そうじゃない考え方の背景にその質感がある。


だから、それぞれをある程度習得するためには、

思想を理解しなければいけない。


頭だけでの理解ではおぼつかない。

あることを信じなければならない。

その結果、感じられるのがその質感ではないか、、


少しでも感じられたら、それを深化、純化していく作業をしていく。


そのプロセスはおそらく、悟りを得るためのプロセスとよく似ている。


いや、おそらく同じなのだろうと思う。


そういうプロセスを 先ほどのそれぞれの3つは、

違う方便を使う。


そして、それぞれの流儀の言葉を使って、その質感を説明する。


そういうことが、わかった、、、、


つもり、

なんちゃって。

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合気道」カテゴリの記事

コメント

僕にとって今の段階での
中心帰納の質感とは自分の中で普段認識するクオリアと、外界と自分の五感も
含めた瞬間的なクオリアの
完全消失との差の中で感じる抽象的な対比感覚といった感じです。
また今度教えて下さい。

初めてコメント致します。
弥勒庵です。
私では到底およばないほど自らと真摯に向き合い修行されているのが、伝わってきて、私ももっと頑張らないといけないと痛感いたしました。

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