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2012年11月29日 (木)

親父が倒れて思うこと

先日、親父が倒れ、入院した。

脳梗塞かと思ったが検査の結果、

高齢による、三半気管の機能劣化で立てなくなったと

いうことだった。


結局 2日で退院し、病室の空きが個人部屋しかなく、

一泊で5万という高額な金額を払いうこととなった。


どうも、これに適応される民間の保険には入っておらず、

そのままその金額を払うことになったが、

今まで入院したことのない人生でやっと払った5万円

なんて安いものだと解釈するか、

それでも高いとみるかは考え方次第だ。

一連のやり取りをみて、

不安な気持ちにならなかったかというとウソになる。

人は必ず死ぬ。


しかし、現在は医療が発達、充実しているし、

社会的な保証システムが確立しているので、

早期で死ぬ確率はかなり低くなっている。

その分それまでどう生きるか、どういう死に方をするかなんかを

どうしても考えてしまう。

おそらく江戸時代の人達は、医学や科学が発達していなかった分

生きることに対して必死だった。

宗教的観念も強かった。

女性は出産に耐えうる体が必要だったし、出産は命をかけたものだった。

子供は虚弱であれば、長くは生きられなく、

平均寿命も短かった。

必然的に生命力のある個体が残っていく。

それでも、生命を脅かす環境や事故が出現して

そこで医療は本来の意味を発揮する。

今回親父は入院して瞬間的には安心したに違いない。

しかし、ちゃんと今回のパターンにも適応できる保険に

入っていればよかったと、今後のことを考えて不安にも思ったかもしれない。


症状がもっと深刻であれば、死に方に対しても差し迫った考えが及んだだろう。

現代の医療と充実した社会システムは脆弱な考えを作りだした。

依存体質を人に植え付けた。

結果、現代人は脆弱になっていく。

世間にはそれで良しという人もいるだろう。

それはそれで構わない。

しかし、自分自身に対しては、

そういうシステムの中にいて、

極力 そのシステムに依存しないようにしたい。

そえはひとえに、考え方なのだ。

考え方は行動に反映する。

そうならないように制限する。

それでもそうなったら潔く覚悟する。

それはとても武道的な考えだ。

自分の身を守るために、躊躇なく他人を殺す。

自分の身を呈しても、他人を守る。

真逆のことだが、

人は得てして、同一人物でも時と場合によって真逆の行動をする。

考え方を変えれば180度行動を変えることができるのだ。

その考え方に殉じれば、どちらでも幸福感を感じる。

何度もいうが考え方なのだ。


しかし、

人間は思考、感情、感覚、行動それぞれの部分を

バランス良く統合して成り立たせている。

矛盾する行動には思考のなかで腑に落とす考え方を導きだし、

納得のいかない状況を感情で浄化させ、

違和感を行動で相殺させる。


それらを上手く処理が出来なくなると病(やまい)になる。


人間が作った社会システムなど当然矛盾だらけだ、

そんなシステムに翻弄されて、

自らの命を削るなんて真平だ。


そうならない為には、

自分の中に一本筋の通った価値観を確立しなければ

やりきれない。

そういう普遍的な考え(価値観)を成新会合気道では習う。

そこに気づいて稽古をするかしないかで、

成果は全く変わる。


決して、格闘技のような、技術を学ぶのではない。

競技の強さが、普遍的な強さと勘違いしてはいけない。

勝ち負けは結果であって、

そこに至るまでの在り方を学ぶ。

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