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2012年10月18日 (木)

合気道を信仰する。

合気道は宗教ではない。

当然の話だ。


しかし、宗教に匹敵する思想を信仰をしなければ、ある領域には到達しない。

合気会の開祖、植芝盛平翁は大本教の教えと合気柔術をマージして解釈した。

それが植芝先生の合気道の思想となった。


しかし、現在 合気会の教えには、全く宗教色はない。

それどころか、ホームページをみても、思想の色もうかがえない。

おそらく万人受けするために意図的にそうしているのだと思う。

だから、そこに属する各支部団体は思想的にバラバラだ。

型にたいする解釈も師範によってかなり違う。

偶像崇拝する傾向と、組織のトップが血縁者で受け継がれる。

将来的に、組織の衰退と分裂する要素を限りなく孕んでいる。

今の世代の師範の中で保てていた均衡は、次世代ではバランスが

崩れる可能性は多分にある。

養神館を見てもよくわかる。

最近、「浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか」 島田裕己著

という本をよんだ。

日本の各仏教宗派の歴史をわかりやすく書いてある。

極めて簡略的にいうと、

元々、仏教はお釈迦さんから始まり、伝搬するルートによって、

様々な解釈(地場の宗教思想)が付け足され、

日本には中国経由のものが大乗仏教として伝わった。

古くは全経典を勉強する学問だったのが、どの経典を珍重するかによって

学派となり、宗派と変わっていく。

だんだん宗派によって派閥ができ、闘争もおこる。

権力も持ち、時代ごとに新興勢力もでてくる。

宗祖となった人たちは、大概一通り勉強したら、

解釈によって言いたい放題なことをいい一派を作っている。

言ったもの勝ちな感じだ。

同じルーツなのに、

かたや浄土思想を謳い、

かたや禅という瞑想のみが全てという。

禅自体もかなり様々な種類がある。

一体どれが正しいのかわからない。


おそらく、どの宗派もちょっとづつ正しい。

そして、そしてほとんど、それぞれの創始者が作りだしたファンタジーで占められる。

でも、そのファンタジーを創始者は本気で信じていた。

決して嘘はついていなかった。

だから、信者も信じることが出来た。


つまり、それぞれの宗派にはコアとなる真理が必ずある。

それは、よくよく見定めると全宗教共通かもしれない。

今の段階で、それを僕の口からはハッキリとは言えない。


でも、きっとそうだ。


そして、その真理はそんなに複雑ではないのではないか。

きっと、シンプルなものだ。

浄土、地獄、前世、後世、霊、お化けの類は話をややこしくする。

お葬式の最初は禅の曹洞宗が始まりとも書いてあった。

思想的にはものすごく矛盾する。

でも今となっては文化となり、それはそれで構わない。


でも、出来ることなら、

余計なファンタジーなストーリはいらないので、

真理のみを教えてほしい、、、

もしくは真理の方向を指し示してほしい。

そういう思想を学びたい。

話を元に戻すと、

分裂、もしくは衰退する組織は、

一貫した思想がないか、

ちゃんとそれが受け継がれていないということだ。

それは、決して統制を取るためのヒエラルキーをつくことでもなければ、

偶像崇拝をするということでもない。

誰もが口を開けば、同じ教えを表現できる、

ちゃんとした思想・考え方を伝えて行くことが重要なのだ。


これからの合気道は、この不安定な時代においては

そのことが必須なのだ、


と思う。

成新会合気道はそれに適う合気道だと断言する。

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