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2012年1月12日 (木)

無対立の考察①


文字通り、対立しないということである。

成新会合気道では、これを強調して教わる。

どういうことかというと、


相手をやっつけようとしない、、ということである。

矛盾している。

殴りかかったり、掴みかかったりする動作をしているのに


相手をやっつけようとしないと教えるのだ。


単純に考えると、ダブルバインド(二重拘束)状態となる。


そういう意味で頭は硬直し、体はいつも通りの対立的動きをする。


そして、更にぎこちない動きとなってしまう。


唯一の心の支えは、それを実際にやってくれる先生の存在だ。


その実演がなければ、言葉だけの絵空事となってしまう。


出来なければ、なかなか人には説明しづらいし、教えられない。


なかには独自に解釈して、おかしな技を使い始める人たちもいる。


でも、自分としては出来るだけ素直に、忠実に、教えをうけ、解釈し、会得したい。

しかし、またそれが難しい。

エゴが邪魔をする。


耳元で、

「こんなこと嘘に決まっている。」 

「できるわけない。」

「空手の様な打撃には無力だ。」


などとささやく。

それには、そのような思考がでてくる理由を掘り下げてみる必要が出てくる。


自分と向き合っていく姿勢が必要となるのだ。


それは非常に勇気のいる、忍耐を求められる作業となる。

まず、自分の全てをさらけ出さなければならない。


次に、他人からの指摘を素直に受け入れなければならない。


そして、自分の欠点に気づき、誤魔化さず受け入れなければならない。


カウセリングなどの自己受容、自己洞察、そして変容、成長


というプロセスと全く同じなのだ。


さて、無対立の矛盾に話をもどすと、、、、、


先生の受けをとっていて、いくつか分かってくることがある。


それは、接触するまえにすでに崩される状況になっているということ。


こちらの対立的行為にたいして、アレ?!となる状況を発生させ、


その後、処理作業としての投げ、当身。

そこには無対立に対する矛盾は全く感じられない。


本当に素晴らしい。


合気道のピュアな部分がそのまま受け継がれている。


大手合気道の団体では多分お目にかかれないだろう。

早くマスターして、もっと世に広めたいものだ。

でも、そういう欲望が会得の邪魔してるのかも。。とも


考えてしまう今日この頃です。

↓↓↓(無対立)

http://www.youtube.com/watch?v=5G1th9Ldrfc&feature=related

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コメント

難しい…
心して読める時にまたお邪魔しますヽ(・∀・)ノ

いつでもどうぞ。

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