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2012年1月13日 (金)

無対立の考察②


前回からの引き続き、、、

では、意識的に無対立にするように努めれば、

つまり、相手をやっつけようとしないように意識を

働かさなければ、即解決か、、というと、そんなに簡単ではない。


やってみればわかるのだが、

もう、相手を認識した段階で、無意識に対立している。

ましてや、掴まれたり、打ってこられたりすると、

無対立を心掛けても、体がピクッと硬直する。

表現的には、待ち構えて受けたり、避けたりする。


ということは、今まで習ってやっていたことは全て、

どれだけ柔らかく、速くしても、きれいに受けても、避けても、

それは物理的な違いだけであって、対立しているということなのだ。

無意識の領域にまで無対立を及ぼさなければいけない。。ということ

それが究極の目標なのだ。


その延長で考えると、要するに心の問題ということになる。

これはまさに、昔から禅で言われている”無”の境地ということではないか。


しかし、禅で到達出来る境地でも足らない。


武道的には、

無意識でありながら、自然に体が動くように、

つまり、無意識に攻防出来るように体を練っていく必要がある。

そして、そういう状況を客観的に観ているという認知をもつことも重要だ。

先生は、相手を攻撃しているときは、無意識にしているとおっしゃられる。

でも、そうしている自分を、そういう状況をシッカリ認識されている。


そういうことなのだ。

この無対立は、そういうものだと教えてもらわないと、多分わからない。

過去にこの域に達した人たちは、独自に会得した奇跡的な達人なのだ。

我々凡人には、独力では到底不可能だ。

だから、それを会得するためのシステムが必要となる。

そのひとつが成新会合気道の稽古なのだ。


間違っても、競技やエゴ丸出しの型稽古では到達できない。

先生が、他でやっている武道や格闘技と180度違うものだと

おっしゃる理由が本当によくわかる、、


今日この頃です。


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