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2011年10月12日 (水)

傘寿


”さんじゅ” と読むらしい。

一昨日、親父が80歳になったので、
少しばかりのお祝いをした。

たまに、調子の悪い時もあるようが、
比較的頭も体もシッカリしている。

さすがに、このところ所々ガタがきて、
酒もタバコもすこし、自粛している様子だ。

そんな親父に、
生きているのであれば健康に、
死ぬ時は潔く、コロッとね、、、なんて

息子としての現時点の生死感みたいなものをサラッと言ってみたものの、

よくよく考えてみると、
そんなことは、その段になってみないとわからない。

そんなに遠くない死に対して、
受け入れる心の準備をどのくらいしているのか。
そういう息子の発言をどういう風に受け取っているのだろうか。


死というものは、
受け入れるしか手立てがなく、

いづれ、どの時点かには必ず”覚悟”をしなければならない。

それがすなわち”悟る”ことだということだ。

少なくとも、死ぬ直前には”悟り”のタイミングを
得られるということだ。

だから、死ぬ直前の大切な瞬間を邪魔をしてはいけない。


”禅”や”瞑想”や”武道(合気道)”などは、
より早い段階で”悟り”を得るための手段だということなのだ。


そして、合気道で言えることは、
死をも受け入れる境地は、敵対する相手の攻撃すらも
受け入れ、相手と一体化する境地を得られるということ
なのだ。


恐怖も不安もなく、スッとしていられる。

心身ともに敵対している相手は、敵対することでバランスを
とっているのに、何もない相手に対して、掴みどころがなく、
心身ともに乱れ崩れる。


それが、成新会合気道の究極の目的なのである。


その現れが「腰回し」なのだ。

そういえば、2年ほど前に、成田先生の傘寿をお祝いしたのを
思い出した。

技を限りなく覚え、
身体能力を極限にまで鍛えることによって得られる強さなどいらない。


少しでも、成田先生に近づきたい。

もし、傘寿まで生きられるのであれば、
それより、どれくらい前にその境地に達するかのことかのほうが、
自分にとっては、重要な問題なのである。


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