2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月25日 (水)

母体武道

総合武道ではない。

剣は何々流、杖は何々流、小太刀は何々流、、、、

などという寄せ集めではない。

体術、剣術、杖術、、、すべて1つの処からからきている。

そして、それを通して、1つのことを学ぶ。

そのことを表して 「母体武道」 という。

そして、成新会合気道は 「母体武道」だというのだ。

すべての武道の母体となる ”ある1つのこと” を学ぶ。

大日本武徳会の中にいた平井稔先生は、

日本の武道のためにそういう思想が自然と沸き起こってきたのだと思う。

そしてその中心となるのが、成新会合気道であると。

競技中心に向かう武道に対して危機感を抱きつつ、

その ”ある1つのこと” を教え続ける。

教えるには出来なければいけない。

千万の技を覚えても、その ”ある1つのこと” が出来なければ、

まったく意味が無い。

そして、それは誰でももっているもの。。

2年半続けて、その ”ある1つのこと” が 朧げながらわかってきた。

わかればわかるほど、こう思う。

俗に言う格闘技でやっていることとは180°違うものだということ。

最大手合気道でも認識がないこと。

その ”ある1つのこと” は、

日本の剣の極意をさらに発展させたもの。

合気などはその現れの一部と解釈する。

それを学びたければ成新会合気道を学ぶしかない。

2011年5月19日 (木)

「場」



成新会合気道の教えの中で、「場」は活物で、

相対する事態において、自分で好都合に作り上げていくのだと教えられる。

「場」とは自らの意思で自らがつくる。

武道においてはそれ以外に生きる道はなく、

その認識が勝負において三分の利を得るとも説かれている。



クラニオセイクラル・バイオダイナミクスでも、

バイオスフィア(生態圏)だとか、バイオエレクトリックフィールドなどと

表現は違うが、先ほどの「場」を繊細に認識する観念がある。



いずれにしても、

対する相手の物理的な肉体に対しのみに集中するわけではなく、

その人が醸し出す何か目に見えないものを感じることを促すのだ。



そんなバカな、、と思う方もいらっしゃるだろう。



でも感じられるのだ。



口では正確には表現できない。

でも間違ってもオーラの色を口走るような現象ではない。



なにか感じるもの。



それが武道において有益に働く。

ヒーリングにおいても同様に。



これを感じながら稽古するのと、しないのとでは、

まったく質が変わってくる。



わかるかな。。



2011年5月16日 (月)

鍼灸師(38歳男性)さんとの交換セッション ⑦



何回かセッションをさせていただいてます。

1週間程前に久しぶりに会ってまたやりましょうということで実現。

鍼灸の世界もいろいろ派閥(考え方)があるようで大変な世界だな、、と思う反面、

当然ながら、伝統的な医学を真剣に考えてらっしゃる方々ですので、

とても勉強されてらっしゃり、非常に刺激になります。

ちなみにその方は、脈診と腹と背中の証をみて、診断と治療をされる

鍼灸ならではの醍醐味を感じさせる施術内容です。



まずは、僕の方からセッションを開始しました。

全体的に、堅く重い質感を感じる。

ここ数カ月前に、弟さんを亡くされたという体験を考えても、

納得のいく状況だ。



いつものように、後ろ首元からスタートする。

非常にドンヨリした動きを感じる。重くても力強くインハレとエクサレを感じる。

しばらくして、混沌とした動きへ、、ところどころ短いスティルネスがあり、

整ったインハレ/エクサレになったところで、胸郭上口に左手をおき、サンド状態

にしようとした時、左手が重たく感じるという指摘がある。

いつも通りの軽い接触だが、自分側の問題か/それともクライアント側のイシュウの

問題か両方を検証したが、いづれにしてもここに手を置くことは得策ではないと思い、

ネゴシエーションのもと左肩に置くようにする。

ここだと特に気にならなないというのでこの場所で、両手でリズムをしばらく感じる。

非常に「心地良い」というダイアログでの回答。

ホリスティックシフトの後、踵へ移動。



骨盤底膜辺りの伸び縮みを感じつつ、足の骨の開閉のモビリティーを感じつつ、

ポーテンシーの沈降/上昇を感じつつ、何回もジェックを起こしつつ、

またしても「心地良い」というダイアログのやり取りをしつつ、

背中に移動する。



ここで興味深い感想をもらう。

最初は感情的な表現で何か「イライラ」するという内容だったが、

しばらくすると、ダイアログの中で色が見えるという言葉に変わる。

おそらく何かの象徴だと思うのですが、その色がまた変化してくる。

最初は、青、、下から快晴の空を見上げる感じだという。

その次は、緑、、、イメージとしては新緑の色。

最後に、白、、、何も無い雪原のような、または白い壁のような無機質な白、

そして、火葬場での弟の骨の色、、、、、



奥に潜んでいる感情をダイアログで聞かれた時、悲しい感じがこみ上げたという。

もう少しで涙が出そうだったが、理性で押し戻したという言葉もありました。



彼の中に「泣いてはいけない」という思考(スーパーエゴ)があるのかもしれない。

そこで涙が出せればもっと楽になれるだろう、、と考えます。



その後、頭、首に移行して約一時間で終了。



反省すべき点は、サザーランドホールドの時の耳の触り方が

少し違和感があったとのこと。



悪い癖がでてしまいました、気をつけようと思います。



2011年5月12日 (木)

オモイ



これは、”思い”なのか”想い”なのか、

成新会合気道では、よく漢字で書くとそのイメージが付きまとうので

よくカタカナで表現すると教えられる。

これもそのうちの一つである。

例え無意識にでも、人はオモッてから、行動する。

攻撃しようと思ってから、攻撃する。

そのオモイをコントロールするスベを学ぶ。

では相手のオモイをどのようにコントロールするのか。

それは、こちらのオモイをコントロールすることで行う。

間違っても、こちらのオモイが相手の行動を直接コントロールするのではない。

あくまでも、こちらのオモイが相手のオモイを動かす。



合気道で、体勢を崩すという表現をよく使うが、

本当は”乱れ崩れる”という表現の方がよくあてはまる。

心が乱れ、体が崩れるということである。



だからといって、

そのオモイは、相手を上手に投げたいとか、やっつけたいという欲

のことを言ってるわけではない。



この素晴らしい成新会合気道を

是非とも世に知らしめたい今日この頃です。



余談ですが、これってクラニオセイクラル・バイオダイナミクスにも言えることなんです。



2011年5月 9日 (月)

シモク



一般的武道の撞木(しゅもく)足のことを言っているようだが、

ちょっと違う。



本来、撞木とは鐘を鳴らす丁字形の棒のことであり、要するに

足を丁字形にして360度の敵に対し備えるための足の形というような

説明がどこかのホームページにも書かれている。

ホームページによっては、否定的な見解も書かれており、

ましてや、格闘技や競技武道では、その観念すらない。



しかし、それもまた成新会合気道ではちょっと違う解釈を加える。

だから、シモクというカタカナで表現する。

ちなみに、大手合気道では教えの中でこの言葉は一切出てこない。



シモクは前に踏む足を親指分だけ外踏みする。

それによって相手との衝突が起こらない。

前進しても自然にすれ違う動きがでるのだ。

そして、丁字形にした足の上に円い腰がのる。

その腰を転がすように足を運ぶ。



つまり、踏み込みが無く、幅広く足を運ばなくなる。

足を幅広く踏む合気道は、

エゴが出て、踏み込んで、姿勢も傾く、

ハラもリキんでフンバル癖がついてしまう。



投げた後、スッと何事もなかったかのようにシモクで立っている。

美しいと思いませんか?



この美しさと素晴らしさを是非ともわかってもらいたい今日この頃です。



2011年5月 6日 (金)

合気道の仲間の施術 OL(20代半ば)⑥



合計おそらく5回目くらい施術をしている合気道仲間のOLさんです。

このかたの施術は、特徴的で思考にイナーシャを持っている感じです。

施術中とても話したがります。



いままで触ってきた人の大体は、自分の中の感覚に没頭して、気持ちの良い所や

違和感のある感覚を表現することに注力する感じでした。

でもこのOLさんはひたすら最近の出来事や昔のことを話します。



実は、クラニオバイオダイナミクスでは、ダイアログ(会話)の中の

ストーリーはあまり関係ないと強調して教わります。

そういうストーリーに翻弄されてプラクティショナーがその受け答えをし始めたら

相手の思考の思う壷だということも教わります。

思考は狡賢い、本来体(心)が訴えていることを誤魔化すために嘘をつき始める

場合があるということです。そうなったら、もう堂々巡りです。

何の進展もなくセッションが終わってしまいかねません。



とてもカウンセリングのプロセスに似てますが、

クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは少し上をいってます。

なぜなら、相手の体に触れてリズムを感じているので、

何となく状態がよくわかるのです。

お互いに変性意識のような状態になっているので、

ちょっとした思考の変化も敏感に感じ、タイミングを計ることが出来ます。



そして、ストーリーの途中途中で、

”今ここ”の体の感覚を聞いていき、意識を体に帰してやります。



OLさんの眉間に皺がより、とても表現しづらそうです。

「それを話している今、体のなかで何か感じるものがありますか?」

「そう感じているとき、何か感情のようなものが潜んでいる感じがしますか?」

とても、答えずらそうです。

ひょっとしたら、思考が「何も感じない」と回答させるかもしれません。

出来るだけカジュアルに



「では何も感じない感じを、感じておいてください。。」



「???」 さらに眉間が険しくなってきます。



急に話の内容がワープして違う話になったりします。



話の内容の中に「、、、すべきなので、、」なんていう言葉がでてきたら、

またそれに対して問いかけます

「だれが、、、、すべきだと、言っているのですか?」

OLさんは「昔から、うちではお母さんから口うるさく言われてきました。」

そしてまた、

「いま、体のなかでどんな、感じがしますか?」

、、、、、、



長い沈黙、、体はせわしなく揺れている。

そして、突然、目から涙が。



そのOLさんとお母さんとの関係性が、多少KEYになっているような気がします。

何か気づきがあったようですが、ハッキリした感じは無い様です。



おそらく、お母さんというスーパーエゴが常にOLさんの中で、

抑圧的に働いている。そして頭の中で思考としてスパークしている。

そのOLさんがそこを理解して腑に落とすにはもう少し時間がかかりそうです。



手を触れてリズムを感じながら、ダイアログで施術する。

クラニオセイクラル・バイオダイナミクスって素晴らしい。



« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »