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2011年3月21日 (月)

氣発

今までの合氣道の稽古の中で、氣などというものをあまり意識していなかった。

言葉だけが存在していた。

クラニオセイクラル・バイオダイナミクスの中では、ブレス・オブ・ライフ(生命の息吹)という

いわゆる生命の根源というような思想のもとに習得し、施術していく。

達人の合氣道の教えはまさに同じだった。 そのことをシン(真、心、信、神、、)と表現する。

その思想を踏まえて、氣と表現するものが存在する。

ここでいう氣とは、アニメでいうところの「カーメーハーメー波ーーー。。」というイメージではなく、

自然に誰もが発している360度の法線の、、何かそういうものらしい。

ところが、己と敵との相対的な関係で、敵愾心(テキガイシン)という感情が働くと360度の法線がイビツに

なり、敵に緊張集中(キンチョウシュウチュウ)してしまう。

そうすると、中心線(姿勢)が崩れ、シン(真、心、信、神、、)が働かなくなってしまう。

あくまでも、360度の法線を意識した、弛緩集中(シカンシュウチュウ)したなかで中心線を真直ぐに姿勢を保つ。

そのことをチャント教えることが合気道では重要なのだ。

そういう観念のもとで自分が整うことによって、相手の氣発も感じられるようになる。

武道の世界で一般的に言われる、先の先、先、後の先、、などということも容易くできるようになる。

技(テクニック)を千も万も覚えたとしても、どれだけ身体能力を高めたとしても、キリがない。

常に上手(ウワテ)がでてきて、それに備えて死ぬまで不安に過ごすことになる。

シン(真、心、信、神、、)を信じて、摩訶不思議が出る技を求めて稽古を続けなければならない。

勝負するときは死ぬこと覚悟して相討ちを想定する。勝ち負けは時の運。

相手を斬り殺して勝ったとしても、自分も片耳をそがれているかも知れない。

それを肝に銘じ、稽古を続けなければならない。


現代の格闘競技は条件付けのもと、本来であれば既に勝負がついているにもかかわらず、

競技をつづけるゾンビ同士のゲームだ。ルールとレフリーがいなければモミクチャの団子になってしまう。

根性というエゴの強化とパワー、スピード、反射神経を鍛えることに重点を置く。

すぐに限界がくるのは想像の範囲内だ。 その延長線上には何もない。

氣発を感じ、最初の一撃にすべをかける。これが合気道である。


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